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カテゴリ:実家

  • 父の自叙伝
    [ 2012-01-31 11:17 ]
  • お正月
    [ 2012-01-03 11:11 ]
  • 婚姻届
    [ 2011-11-26 14:22 ]
  • 実家 <小さな美術館>
    [ 2011-08-13 20:50 ]
  • 帰省 <お盆用品と庄内特産食材>
    [ 2011-08-11 15:06 ]
  • 帰省 <酒田港>
    [ 2011-08-11 14:58 ]
  • 帰省 <窓落ち>
    [ 2011-08-11 14:52 ]
  • 帰省 <庭の花>
    [ 2011-08-11 14:48 ]
  • 帰省 <浜中海水浴場> 
    [ 2011-08-10 14:35 ]
  • 実家・夏
    [ 2011-07-28 17:48 ]

 

父の自叙伝

今年の冬は例年より寒く各地で大雪となっているが、東京郊外の実家近辺でも数㎝の雪が積もったようだ。

◎庭の池にもうっすらと氷が。昼過ぎまで氷が溶けないこともあり、いつも池の水を飲んでいるマロンは困っているそうだ。
父は、家の中で水をやると床がびしょびしょになるからと、家では水をやらないという!?・・・苔の生えた池の水はミネラルが豊富そうではあるが・・・。金魚の数、減ってませんか?


◎寒空にあざやかな南天の赤い実。


◎裏庭の日の当たらない場所にはまだ雪が残っていた。


◎最近父は「自叙伝」を書いている。何年か前の誕生日に私が贈った「自分史ノート」に、最近になってぼちぼち書き始めているのだ。もう40ページを越した。


父は、自分の生い立ちについて今までほとんど話したことがなかった。だから、このようにまとまって書かれた自分史を読むと、初めて知ることが多い。私は、実家に帰るたびに書き進められている自分史を読むのが楽しみになっている。

父が若いころの話をしなかったのは、思い出したくないことが多かったからなのではないだろうか。
2歳で母親が亡くなり、二度目の母とは情を通わせるということがなく、14歳で印刷会社の製版下請け部門へ住み込み丁稚に出された。製版のレタッチ(原画を見ながらフィルムの色などを修正していく。今は機械でできることだが当時は人の手に頼っていた)の仕事をするうち、次第に絵描きになりたいという欲求が膨らみ、働きながら自分の稼ぎで画塾へ通うようになる。しかし、父親からは「絵描き」などという職業は全く認めてもらえなかった。
徴兵検査は合格したが、入隊後肺浸潤が見つかって戻され、兄二人が出征した家で胃潰瘍の父と結核の母の看病をするという苦しい生活。
父が亡くなり、継母を療養所に入れて一人で暮らしているときに空襲で家を焼け出される。
その後は無一文、頼る家族もなく戦後の混乱期を絵筆1本で生き抜いていく。

「今こうして思い出してみると、ボクの子ども時代は、不幸だったね。」と父は言う。あの時代のことを話して聞かせても今の人には理解できないだろうね、と。
でも、そんな話を父は悲愴感なく淡々とする。
右の耳が今はほとんど聞こえない、目が見えなくなって天眼鏡二つ重ねても新聞が読みづらくなった、物忘れがひどい、足はひざから下の感覚がない、そんな話も、人ごとのように淡々とする。
過酷な時代を生きてきて、どこか突き抜けて悟ったところがあるかのように。

「体が衰えないように、毎日体操したり家の周りを歩いたりしてるんだ。でも、衰えを予防するより衰えて行く方が速いね。このごろ、日々、実感するよ」
と、これもまた淡々と世間話のように言う。
父は、先月91歳になった。

by pataponm | 2012-01-31 11:17 | 実家 | Trackback | Comments(6) 

お正月

元日、新婚の娘夫婦が早速わが家でアンサンブル。
ブラームス、ベートーベン、ショパン・・・、今まで合わせたチェロソナタの総ざらい。大学オーケストラ時代からの長いつきあいだったんだね、と改めて思う。
ちなみに彼の弾いているチェロは、大学オケでチェロを弾くと言う娘に買い与えたもの。数年前から彼のものになっている。中学ではブラスバンドに入る手段としてフルートを始め、大学ではオーケストラに入る手段としてチェロを始めた娘は、今は本来のピアノ専門に戻っている。


私バイオリン、夫クラリネットだが、pf、vn、vc、cl の四重奏なんて都合のいい編成の曲はないだろうと思っていたら、あった。
オバマ大統領に捧げられ、就任式で演奏するためにジョン・ウィリアムズが演奏者の顔ぶれに合わせて作曲した《エア&シンプルギフト》。パールマンやヨーヨー・マら人種の違う奏者によって初演された。その編成が奇しくも我が家の4人と同じ。夫は楽譜を買うと言う。
チェロがめちゃくちゃ難しいらしい。Tくん、がんばってね。

◎2日は、兄一家が来ている実家へ。いつものように素晴らしい昼食が用意されていた。


◎娘夫婦が暮れに新婚旅行に行ったハワイのお土産も食卓を賑わして。


◎ぶれない指先。
10人分のお茶を淹れるのは父の役目。お茶葉を入れたり湯を注ぐ手つきに無駄がなく職人的。かすかな震えもない。長年、絵筆を持って鍛えたお陰だろうか。
この6日に91歳になる。2月には、初ひ孫が生まれる(甥夫婦はEさんが臨月なので来なかった)。母が亡くなって一人減った家族が、また増え始めた・・・。

by pataponm | 2012-01-03 11:11 | 実家 | Trackback | Comments(4) 

婚姻届

◎O十年ぶりに「婚姻届」の書類を見た。何故かというと・・・


◎娘が結婚したんです~。お相手は大学のオーケストラで一緒だった、チェロを弾く男性。ほしかったチェロが家族に加わってくれました(笑)。


◎結婚式はしないと言う。目の前のマンションに彼が引っ越して来てそれでおしまい。
ケーキを買って実家に行き、おじいちゃんに報告がてらささやかなお祝いをした。


◎普段着で、台所の文化包丁で「ケーキ入刀」。
末永くお幸せにね。いつまでも仲良く、がいちばん。

by pataponm | 2011-11-26 14:22 | 実家 | Trackback | Comments(10) 

実家 <小さな美術館>

山形から帰って翌日は東京郊外の私の実家へ。
島根の兄夫婦が、この春岡山に就職した末娘を途中で拾って来ていて、大阪在住の長男はお嫁さんがつわりがひどいので(おめでとー!)一人で来ていた。東京の長女は三陸にボランティアに行っていて数日後に来るということだった。

◎実家から車で15分ほどのところにある「小さな美術館」へ行く。人形作家の友永詔三(ともながあきみつ)の自宅兼美術館だ。駅から徒歩で行ったら1時間はかかるだろう。バスも通らない杉林に挟まれた山の中の一本道の先に美術館はある。
「車で行くなら」と、普段家から一歩も出ない生活をしている父も珍しく同行した。


素敵な建物。なんと友永さんが築180年の古民家をすべて一人で設計、改築、改装したのだそうだ。改築のために友永さんは、魅力を感じるというガウディの初期建築を見るためにわざわざバルセロナまて行ったという。

◎友永詔三と聞いてピンと来なくても、昔NHKでやっていた人形劇「プリンプリン物語」の人形を制作した人、と聞けば分かる人もいるだろう。


友永さんは主に木彫の少女像を制作する人で、観音様と天使と少女の合体のようなその姿には、はかなげで純な美しさを感じる。
「プリンプリン物語」の人形たちは、美術館の一角にごちゃごちゃとすし詰め状態で何十体も置かれていた。個性的で表情豊かな素晴らしい人形を、1体ずつガラスケースの中に入れて展示すればいいのに、と思ってしまう。もしかして著作権がNHKにあるとか、展示できない事情でもあるのかしら。
受付に友永さんの作品集が販売されていたが、その中にも「プリンプリン物語」の人形たちは収録されていなかった。

父は、20年ほど前に地元美術家たちの合同展で友永さんと共に活動していたことがあり、奥様に挨拶すると、奥の自宅にいた友永さん本人を呼んで来て下さった。
作品の話はもとより、家の改築の話も興味深く、ミキサー車を借りてセメントを溶くのから始めたという話は驚きだった。

◎美術館の隣がカフェになっている。この増築部分もすべて友永さんの手になるそうだ。
壁の石の積み上げ、扉からテーブル、イスに至るまで・・・。扉の塗装は陰影をつけて「汚し」を入れているところなど、芸術家の仕事だ。


◎カフェの中は、どこを切りとっても絵になり、ヨーロッパの古い町のカフェに来たような気分になる。


◎一番最近作ったのがこの椅子6脚だそうだ。家具もそうだが窓枠、壁のくりぬき、ドア部分、至るところに曲線を使っていて、なんともいえない暖かみを出している。窓の形は一つ一つ全部違う。


◎窓から見える外の景観も考えてある。池に島を作り木が生えている・・・、と思ったらこれは浮島で、水が揺れるとあちらこちらへと島もたゆたっているのだ。


◎そしてその池は側面もガラス張りになっていて、立派なコイが泳ぐのを水族館のように眺めることができる。


◎コイの池は階段状になったアプローチに沿っていくつも作ってある。


◎天然記念物モリアオガエルがいた。おたまじゃくしからカエルになったばかりらしい。初めて見た。くすんだ青味がかった色と、青銅のような光沢に感動。


友永詔三の世界を知りたい方は、こちらのHPをご覧下さい。

by pataponm | 2011-08-13 20:50 | 実家 | Trackback | Comments(5) 

帰省 <お盆用品と庄内特産食材>

酒田のAEONで、庄内銘菓「のし梅」「日本海路」や漬け物「しなべきうり」「ぜんご漬け」などを土産に買う。

◎お盆の飾り物やお供えがいろいろと売られていた。お盆用の5㎝ほどの小さな野菜がきれいでかわいいのだが、写真を撮り忘れた。黄と緑の配色がくっきりとしたひょうたん型の「かぼちゃ」なんて、まるで工芸品のようだ。



◎山形名物「しょうゆの実」。食べるラー油に次ぐブームを狙っていたようだが今一つだったか。向こう側のハナブサ醤油は夫の実家の向かいに醸造所がある。朝のテレビで取り上げられた昨年あたりは銀座のアンテナショップでも完売の勢いだったらしい。
袋には「しょうゆの実」とあるが、商品の札には「しょゆの実」と書いてある。店の担当者が素朴に発音通りに書いたのだろうか。
夫は子どものころ「しょゆの実おどご(しょうゆの実だけでご飯を食べる男)」と言われていたそうだ。


◎「しそ巻きの素」というのがあった。「しそ巻き」は山形の名物で、胡桃などの入った甘い味噌を紫蘇の葉で巻いて油で揚げてある。それを自分で作れるというものらしい。


◎からとり芋の、これは茎だろうか。からとり芋は庄内特産の芋で里芋のようだがぬめりはないそうだ。私は食べたことはない(と思う)。よく義母から納豆汁などに入れる芋がらをもらったが、あれは里芋の茎ではなく、からとり芋の茎だったようだ。


◎謎な「みず」。「おろしてネバネバ状にして食べた」という夫の記憶だが、どうしても再現できない。

by pataponm | 2011-08-11 15:06 | 実家 | Trackback | Comments(0) 

帰省 <酒田港>

買い物のついでに酒田港へ。

◎海上保安庁の巡視船などが停泊していた。


◎大きな鉄の杭に太い綱をひっかけてもやっている船。船を繋ぎ止めているのはこの綱1本だ(錨も下ろしているのかな?)。体重をかけて横から船体を押したら船が「浮いている」のが実感できた。


◎桟橋付近のスペースは、スケートボードの練習場になっているらしい。「事故には一切の責任を負いません」という但し書きが貼られていた。


◎趣味のヨットマンたちのものだろうか、一角がヨットハーバーになっている。


◎古い倉庫のような建物が並んでいる。その向こうに近代的な風車が見える。


◎「7階建て」という展望台。でも登ってみるとそんなに高い感じがしない。天井が低いのかな?


◎最上階の展望室から風車がずらりと並んでいるのが見えた。デンマークからノルウェイへ向うクルーズで船の上から無数に並ぶ風車の列を見たのを思いだす。デンマークは電力の2割ほどを水力発電で賄っているそうだ。原発は、ない。
日本もがんばってほしい。やればできると思う。風力、水力、火力、太陽光、節電、扇風機、打ち水、よしず、団扇、総動員して。ちなみにここの水力発電は、コスモ石油が運営しているそうだ。


◎「前方に見える島は粟島です」という紙が貼ってある。360° 見晴らしのきく展望台、いちいち「こちらの方角に見える山は鳥海山です」などと説明書きが貼ってあるが、残念ながら今日は何一つ見えなかった。天気は悪くなく、日焼けするほどだったのだが・・・。

by pataponm | 2011-08-11 14:58 | 実家 | Trackback | Comments(0) 

帰省 <窓落ち>

翌日、車で酒田に行く。
家を出て少し行ったところでエアコンを入れたので息子が助手席の窓を閉めようとしたら「ガゴッ」といった。「今、変な音がしたね」と言いながらなおもスイッチを押すと「ガラン」といって窓ガラスがドアの戸袋の中に落ちた。
あまりにもあっさりと落ちたので、息子は「落ちた」と、異常な事態にふさわしくない声で言った。夫も「窓落ちだ!」と、何故か嬉しそうに言う。

「窓落ち」、これはフォルクスワーゲンによく起きる故障で、窓に首をはさんだりする事故を防ぐために部品の一部を樹脂製にして、何かがはさまったときに壊れてガラスが落下するようにした安全対策なのだそうだ。ところが何も挟まっていないのに落ちる故障が相次いで、「窓落ち」と呼ばれるようになったらしい。

しかし、面白がっている場合じゃありません。窓にガラスがなくなったということは、明日、気温44度(になるかもしれない)の中、高速道路を素通し窓で走らねばならないということだ。

困ったときのKさん。町内でガソリンスタンドを経営している夫の(同い年で兄弟のような)叔父に携帯で電話してフォルクスワーゲンを扱う酒田の車屋を紹介してもらう。電話の向こう側にも結構面白がっているような空気が・・・。娘にメールしたら「おー、ウワサの窓落ちですか!」とやっぱり嬉しそうに返してきた。

◎ガラスを引っ張り上げてガムテープで固定してある。情けない姿。
応急処置として助手席のパワーウィンドウの電源を切り、ガラスを針金で固定した。心配した料金は1万円以下で済んだが、埼玉に帰ってから改めて修理に出さねばならず、数万かかるだろうとのこと。


◎待っている間に、事務所の人に美味しいラーメン屋を聞いて、歩いて5分ほどの「さらしな」に行く。


◎都会ではラーメン屋といえば店ごとに違う味を競う「創作ラーメン」がはやりだが、ここのラーメンはごくごくふつうの醤油ラーメン。でも奇をてらうことなく真面目に正直に作っているという感じが好感を持てる。


ところで、山形ではラーメンといえば「ご馳走」なのだ。
結婚した当初、義母が「昼は中華にするか」と言って私に「中華好きか」と聞いた。昼から豪華に中華料理か、と期待して「ええ、大好きです」と答えたが、やがて玄関先に届いたのは近所の蕎麦屋のラーメンだった・・・。夫は「うちは客が来るといつもラーメンをとるんだ」と言っていた。
それが最近の「秘密のケンミンショー」で、「ラーメンはご馳走。客が来るとラーメンの出前をとる」とやっていてびっくり。これは夫の家の習慣ではなく、山形県全体のことだったのだ!
でも「ラーメン」を「中華」と呼ぶ、ということはテレビでは言ってなかったなぁ。「ラーメン」は「ラーメン屋」だけでなく、「蕎麦屋」にもある、というのは当たっているかもしれない。

by pataponm | 2011-08-11 14:52 | 実家 | Trackback | Comments(2) 

帰省 <庭の花>

義父は毎朝5時に起きて2時間庭の草取りや花の手入れをする。そのあとはエアコンのきいた部屋に引きこもって1日を過ごすそうだ。
でもやることはいっぱい。来年90になるというのに、テレビの番組の予約録画や編集、FMのクラシック番組のエアチェックなど、リモコンを駆使してやってしまう。そして分厚いノートに端正な字でそのすべての記録をしている。教養番組の内容は大学ノートにびっしり要点がまとめられている。
趣味のカメラの膨大なフィルムの整理をして厳選アルバムを写真屋に作らせたりもしている。夫が持って行ったアイパッドを見て、本気でインターネットを始めると言っていた。スーパーおじいちゃんぶりに息子もびっくり。

◎近所の人が毎朝採りたての野菜を持って来てくれる。


◎花の終わったテッセンの、種?


◎椿の実。高価な椿油はこれから採るのだろうか。


◎夏菊の一種? 庭の花は、夫の祖母が生きていたころは仏壇用に栽培されていたようだが今はあまり種類はない。


◎大輪の芙蓉の花。

by pataponm | 2011-08-11 14:48 | 実家 | Trackback | Comments(0) 

帰省 <浜中海水浴場> 

夫が夏休みに入り、初日に山形へ帰省する。今年は息子も一緒。
昨年は夫が「行っても別にすることないし来なくていいよ(タビィの世話もあるし)」と言って留守番をしてもらった。夫婦だけで帰省して、娘も息子も来れなかったと話すと、義父は「子どもってのはそういうもんだ。子どもってのはだんだんそうなるもんだ」と何度も自分に言い聞かせるように言っていた。そして小遣いだけはくるんで持たせてくれた。
もしかしたら、息子に会いたかったのかな?と思って今年は同行することにしたのだ。

◎実家が近づいた辺りで寄り道をして酒田の海を見に行く。
「浜中海水浴場」。「ハマナカ」と発音するのは夫は少し「恥ずかしい」んだそうだ。地元の人は皆「はまなが」と言っているので、「ハマナカ」と言うと「ボク、ハマナカに泳ぎに行っチャッタよ」みたいな無理に都会言葉を使っているような気分になるのだろうか。


◎息子は、海を見るのは「すっごい久しぶり」だそうだ。私もそんな気がする。


◎息子がっ。た、たばこに火をつけている?!
まあ、はたちになったんだから、いいんですけどね・・・。


◎砂は驚くほど細かくさらさらだった。


◎しかし、大量の巨木の破片が流れ着いていて、ちょっと海水浴には適していないような・・・。この辺りには人影はなく、少し離れたところであまり多くはない人たちが泳いでいた。

by pataponm | 2011-08-10 14:35 | 実家 | Trackback | Comments(6) 

実家・夏

◎実家の裏の川。へりをマロンが走って何度か川に落ちた。「落ちてももう助けられないからね」と父はマロンに言い聞かせている。先日の豪雨で向こう岸の木の枝が大量に流され、きれいになったそうだ。流されて行った先が心配・・・。



◎左:裏庭にベゴニアが咲いていた。 右:池の金魚。私が高校生のころ祭りの金魚すくいで捕った金魚の「子孫」だという。巨大化して鯉のようになっている。



マロンの散歩はいつも駅の方に行くのだが、今日は「沖」へ行った。( 町の中心より遠い方を『沖』という。土地の言葉か。)

◎どこの山奥かと思うが、これでも東京都です。



◎昔NHKの人形劇で人形制作をしていた作家が住んでいて自宅を美術館にしている。あちこちに道しるべが。



「忠良さん(彫刻家の佐藤忠良)が亡くなったねぇ。いくつだったかねぇ」「97とか」
こんな話から、私の祖父や父の絵の先輩など、90過ぎて亡くなった人の話になる。
「やっぱり死ぬ歳なんだね、90ってのは」と、今年90歳になった父。

「歳をとっても一つだけ衰えないものがあるんだよ」と、父はこんなことも言った。
「歳とると目や耳は衰えるし、足腰も衰えるだろ? でも、一つだけ衰えないものがある」
それは「プライド」だそうだ。
近所の公民館でお年寄りを集めたお楽しみ会に何度が出席したが「年寄りは遊ばせておけばいいと思っているらしい」。ボール遊びや簡単なゲームばかりさせるのでバカらしくなって行くのをやめたと。

by pataponm | 2011-07-28 17:48 | 実家 | Trackback | Comments(7)