カテゴリ:言葉( 19 )

 

似た言葉

「茶」という言葉は、世界中ほとんどの国で「チャ」か「テ」の発音で始まる言葉になっているそうだ。

「チャ」系の言葉
中国語: 茶 [chá]、チベット語: ཇ [cha]、日本語: 茶、朝鮮語: 차 [cha]、ベトナム語: trà、タイ語: ชา[chaa]、タガログ語: tsa、ヒンディー語: चाय [cāe]、ペルシア語: چای‎ [chāy]、トルコ語: çay、アラビア語: شاي‎ [shāy]、スワヒリ語: chai、ギリシア語: τσάι [tsai]、ルーマニア語: ceai、ブルガリア語: чай [chai]、セルビア語: чај [čaj]、チェコ語: čaj、ロシア語: чай [chai]

「テ」系の言葉
オランダ語: thee、英語: tea、ドイツ語: Tee、ハンガリー語: tea、ヘブライ語: תה‎ [te]、フランス語: thé、スペイン語: té、イタリア語: tè、スカンジナビアでは te、フィンランド語: tee
インドネシア語とマレー語では teh

とざっとまあ、こんな感じ。茶は中国から世界に広まっていったものだから、言葉も一緒に伝わって行ったのだろうが、他にも外国の言葉で発音が似ている言葉をときおり見ることがある。たとえば「母」。中国語で「マ」、韓国語で「オンマ」、英語で「マム」、フランス語で「メール」・・・。みんなM音が入っている。日本語の「母」はどうだろう。1000年くらい前の日本では、「ハ行」が「ファ」「パ」とか発音されていたらしいから「母」は「ファファ」「パパ」、似ていなくもない。(随分前のCMになりますが、チャップイチャップイ、ドントポッチイには、言語学的根拠があるんだとか・・・)
偶然なのか、あるいは語源が同じなのか。
「ママ」の語源? それって、赤ちゃんが初めて発音する喃語(言葉を覚える以前の乳児が発する意味のない言語)? そしてそれは世界共通・・・? なんて想像するとほほえましい。

「なまえ(namae)」と「ネーム(name)」が似ているのは偶然?
英語で「貧乏」と発音がそっくりな言葉がある。「bimbo」。美人だけど中味がからっぽの女のことを言うんだそうだ。発音は似ているけど意味は・・・ん? 似てるって?
むかし、「草がはびこっている状態」を英語で「ハビコラス」というと聞いたことがある。多分、herb の派生語だと思うのだが、調べてもどうしてもみつけることができなかった。一番近い発音で「herbivorous(草食の)」くらい。たしか辞書を引いて「ほんとだー!」と喜んだ記憶があるのだが、あれは夢だったか。

夫と、プロの演奏家は課題を見つけてそれを追求する姿勢がやはりアマチュアとは違う、という話をしていたとき、夫が
「アマチュアは甘ちゃんなんだよ」と言った。
「アマチュア」と「あまちゃん」、似てる・・・。ちょっと違うか。
でも、カタカナ英語で「アマチュア」と言うより、「あ」にアクセントをつけて「あまちゃん」と言った方が、amateur という意味で通じやすいような気がする。

アー ユー あまちゃん?


◎娘が生徒たちと作った巣箱に、今年はシジュウカラが来た。2羽で来たり、1羽が中に入って3分間くらい出て来なかったり・・・。巣作りしてくれるのかな・・・?
タビィ、しばらくベランダに出入り禁止にしようかなぁ・・・。
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by pataponm | 2012-04-13 11:08 | 言葉  

続・死んでいいのは・・・

「死んでいいのは小鳥だけ」の教材だが、新聞に「死に体内閣」という言葉が載っていた。これはどうだろう。小学生に覚えさせない方がいい言葉か?

「死にたいと思う」これはいけません。だれも死んでないからいいってもんじゃない。「死にかける」「死にそこない」もダメ。
やっぱり、死んでいいのは小鳥しかない。

◎相変わらず仕事を始めるとわざわざ目の前に来て、どでんと腰を落ち着けるタビィ。
「タビィ、消しゴムのカス払ってちょうだい」と言うと、サッ、サッ、サッとしっぽでカスを落としてくれる。(まあ、ふつうにタビィと呼べばいつでもしっぽを振るんですけどね)b0134988_1345154.jpgb0134988_13453256.jpg

追記:「死に物狂いでがんばる」「死んだ気になってがんばる」というのもあるか。死に物狂いで仕事していたら浮かんで来た。でも文字数が多すぎ。
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by pataponm | 2011-07-13 13:45 | 言葉  

黒教材?

教材出版社在職中は、一番多忙な時期で朝9時から夜11時まで仕事をしていた。女性は夜10時以降残業をしてはいけない時代で、「10時過ぎたら女性は窓際に行くな(会社は線路沿いにあり、電車から中の様子が見えたので、労働基準局の人が電車に乗っていたらバレてしまう、という心配)」と言われていた。
朝から深夜まで、「明るく楽しい漢字ドリル」の文例を考え続けていると、だんだんその人の潜在意識がにじみ出して来る。
ある人などは、頭が朦朧となったのか「仕事がいそがしい」「頭をなやませる」「胃がいたむ」「手伝いをさがす」「たすけを求める」
というような書き取り問題を作るようになり、課長から「疲れてるんじゃない」と言われていた。
そこまででなくても、長時間取り組んでいると、暗い例文ばかり浮かんで来て頭がぐちゃぐちゃになってくることがある。

ところで、先週の新聞に、北原白秋の子供のための「金魚」という詩が載っていた。

「金魚」
「母さん 母さん、どこへ行た/紅い金魚と遊びませう/
母さん、帰らぬ、さびしいな/金魚を一匹突き殺す」

そう、子供はこういうことをするんです!
どこへ行ったのか、お母さんがいつまで待っても帰らない。さびしい、怖い、このまま一人ぼっちになったらどうしよう・・・。
そんな恐怖心を紛らすために金魚を一匹突き殺す。

さすがに曲がついて童謡として残っている詩ではないが、昔はおとぎ話にしても児童詩にしても、プチ残酷なものはあったように思う。
「本当は怖いグリム童話」という本が数年前にベストセラーになったが、外国の童話などもなかなか残酷だ。

そんなネガティブ要素をきれいに取り払って何でもかんでも滅菌、みたいなドリルを作ることを続けていると、「わーっ」と叫んで「黒魔術」ならぬ「黒教材」を作りたくなってくる。

◎見慣れた物ばかりの部屋の中に新しい物が入って来ると、早速タビィが寄って来てとことん検証する。段ボール箱、紙袋、宅配便で届いた荷物・・・。大きさに関係なく、外から入って来た「新参者」にはすぐ気づくようだ。
家族の服やかばんなど、家から持って出た物は、また戻って来ても「うちにもともとあったもの」と分かるのか、知らんぷり。
夫が山小屋用のソファを買って一時部屋に置いたときは大物だっただけにもう大変、何十分もかけて隅から隅まで嗅いで回っていた。私が用事で部屋を出て戻って来てもまだ嗅いでいる。布地の織り目に右の鼻の穴をこすりつけては「くんくん」、左の鼻の穴をこすりつけては「くんくん」。鼻水つけながらいつまでもいつまでも・・・。
その探究心、教材編集に向いてます。
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◎ソファは先週、夫が山小屋に持って行きました。(夫撮影)
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夫は今週も山です。今度は2連泊。
「さいたま今日も36度/わたしはおうちで仕事です/金魚を一匹・・・・・・・・・」
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by pataponm | 2011-07-09 08:44 | 言葉  

死んでいいのは小鳥だけ 殺していいのは虫だけ

今回手掛けている仕事は、中学生向けの漢字のドリルだが、以前は小学生向けの教材が中心だった。
教材作りには、制約が大変多い。漢字の書き取り用の短文を作るのだが、差別やいじめにつながる文章を作ってはならないのはもちろん、暗い内容、後ろ向きでネガティブな文もダメ、パソコンとかデジカメとかの略語もたとえどんなに普及していてもダメ、まあいろいろある。(今回の企画書には、それに加えて『震災に関連した例文は不可』という制約もあった)

しかし、小学校で習う漢字の中にはネガディブな漢字だってあるのだ。一番いい例が「死」と「殺」。教材の中でこの漢字を使って作れる文はそれぞれ一つしかない。
「小鳥が死ぬ。」
「虫を殺す。」

「母が死ぬ。」はもってのほか、祖父母もダメ。犬も猫もウサギも、死んではいけない。
殺す方はもっと厳しく、小鳥も殺せない。小さな愛玩動物はダメだし、トラやクマやヘビなどワイルドなのもダメ。仕方がないので虫を殺す。
また、死ぬのは小鳥でも「スズメが死ぬ」「ムクドリが死ぬ」など、イメージが具体的になるのはよくないようだ。虫も同じ。ゴキブリやカブトムシなど、具体例は出さない方がいい。蚊やハエくらいなら殺してもいいかな?

文章を書くのが好きな私が、どんな教材でも「死」が出てくれば「小鳥が死ぬ」、「殺」が出てくれば「虫を殺す」と書くのは苦痛だ。
だから、何かさしさわりのない言葉で別の文は作れないかと頭をひねって、とうとうもう一つ「殺せる」ものを見つけたときは嬉しかった。
もう一つ殺せるもの・・・、それは「息」だ。

◎「死んだようにねむるネコ」
あっ、これ使える! でも残念、例文の文字数は最大7文字まで、という制約もあるんでした。
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◎室温35度となった二階の部屋で伸びるタビィ。
寒い季節、丸くなって寝ていたタビィが気温の上昇と共に伸び始め、これが最大値のようだ。もっと暑くなったらどうするのぉ?
でもどういうわけか、冷房をきかせた下の部屋には入りたがらず、わざわざ暑い二階に行って「死んで」いることが多い。
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追記:「金魚」も死んでいい。
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by pataponm | 2011-07-06 16:29 | 言葉  

仕事が始まった

6年ぶりに教材編集の仕事が入って来て突然多忙になった。
昔教材出版社に勤めていて、退職してからも家で請け負ってやっていたのだが、だいたい3年に一度の教科書改定期に合わせて仕事が来るというサイクルだった。
ところが3年前にそろそろかなと思って会社に電話したら、今年は教科書改訂がないとか、これからはパソコンで原稿を入稿することになるので社内でやるとか言われて、体よくクビになったのかとばかり思っていたら、久しぶりに依頼の電話が掛かってきたのだ。

6年の間にどんどん広がって来ていた趣味の世界。1日の仕事時間をどう捻出するか・・・。
頭を悩ませている。

◎タビィは、お手伝いでもするつもりなのか、資料の上にでん、と陣取って「にらみ」をきかせている。タビィのお腹の下から資料を引っ張ろうとすると「にゃあ」と文句を言う。
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◎「あっ、ここ、まちがってるよ」口出しもするつもりらしい(本当は、消しゴムを白ネズミと見間違えたようです。)
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確かに猫の手も借りたいほどの忙しさですが、タビィのやることは、シャープペンつついて落としたり、扇風機の風に揺れる紙に興奮してビリビリ破いたり(キャー、やめてー)・・・。
あまり建設的な協力は期待できそうにありません。
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by pataponm | 2011-07-04 09:43 | 言葉  

江戸っ子言葉

日本テレビの「秘密のケンミンショー」が好きで毎週楽しみに見ている。見れないときには録画してでも見る。
でも、一つ不満なのが「主要県民のみなさん」の中に東京都民がいないことだ。毎回47都道府県のうち半分くらいの県民タレントがゲストとして並ぶ。北海道も京都も沖縄も2週に1回くらいは出てくるし、大阪などは毎週欠かさず、しかも2人ずつ登場する。なのに東京都民は出て来たことがない。
東京は「ケンミンのるつぼ」だから、県民性などない、と言いたいのだろうか。父は東京・深川の生まれ、私は新宿生まれの目黒育ち。89歳になる父は「やあ、カビてらぁ」とか「こいつぁ、面白いね」「こんちくしょう」などときどき下町言葉を使う。
私は、八丁堀の印刷会社に3年ほど勤めたことがあり、会社の近くの佃島や築地などには、江戸の街並みの名残を感じさせるような路地裏があった。

印刷会社は葛飾堀切出身の人が立ち上げた親族会社で、主だった幹部はほとんど地元出身、営業部長は「朝っから、のぞ(喉)が痛くてよぉ」「やめつくれよぉ」などと、車寅次郎みたいな話し方をする人だった。
総務部長も生粋の江戸っ子、創立何十周年かの式典のとき、永年勤続者を表彰することになったが、「ひょうしょうじょう」と言うことができない。江戸っ子は「ひ」と「し」の区別ができないのだ。
朝から「ひょうひょうじょう。しょうしょうじょう?」と繰り返し練習し、言うたびに近くの席のベテラン女子社員に「今のはどうだった?」と聞く。「ひょうが二つになってます。最初がひょう、次がしょうです」と何度言われてもできないのだ。不思議なことだ。耳で聞いて違いが分かっても口では言えないのか、それとも耳で聞き分けることができないのだろうか。
部長は、彼女から「ひょう、しょう、じょう、と区切って言えば間違えないんじゃないですか?」とアドバイスされて練習を重ね、ようやく3回に1回くらいは正しく言えるようになった。
そして式典本番。永年勤続者表彰の式次第となり、おもむろに立ち上がった総務部長は工場勤務20年の社員の前に表彰状を広げておごそかな声で言った。
「しょう、ひょう、じょう!」
入社したてだった私たち女子社員は笑をこらえるのに必死。下を向いて顔を隠しても、肩の震えが見えてしまわないかと心配するほどだった。

次に勤めた教材会社の先輩社員にも江戸っ子がいた。明治から続く和菓子屋の息子で、会社の大掃除のときに「店でやってた」と言って、茶がらをまいて箒ではくと綿ゴミがきれいにとれるということを教えてくれた。
その彼が、「今年度の教育指導要領の改定部分」として「ヒヤシンスがシアシンスに統一されることになったから」と言って来た。え? シアシンスになるの? 文部省のお役人は江戸っ子?
不思議に思って文書をよく見たら、「ヤ」が「ア」になり「ヒヤシンス」を「ヒアシンス」と表記することに統一するということだった。
同期にも江戸っ子社員が一人いて、仕事のことで誰かと議論したあと、「ちょこざいな!」と小さな声で吐き捨てるように言っていた。温厚な人だと思っていたのに鋭い江戸言葉が飛び出したのでおかしかった。

言葉だけみても、「標準語」ではない「下町言葉」を喋る人は確かにいる。
タレントの中にも三代とまでいかなくても二代くらい東京育ちの人はいないのだろうか。「秘密のケンミンショー」にも、そんな江戸っ子に登場してもらいたいと思う。 

◎東京にも空があるっ・・・て、ここは埼玉ですが。東京で生まれ育った私は、埼玉に住んでも自分は「東京都民」という気分がなかなか抜けない。
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(2010.1013)
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by pataponm | 2010-12-01 15:45 | 言葉  

謎の持病

私には、子供のころから続く原因不明の持病がある。
何の前触れもなく、視野の中心近くに小さな光の輪が見え始め、それがギラギラと光るようにしてどんどん大きくなっていき、光っている付近の物が見えにくくなる。30分から1時間ほどで自然に消えるのだが、そのあとひどい吐き気に襲われることがある。娘時代には月に何度も起きて、学校の帰りに駅のホームで吐いてしまったこともあった。
同じ症状で悩んでいる人に会ったことがなく、風邪や他の病気で医者にかかるたびに聞いてみるのだが、「視神経の病気・・・」「血液の病気・・・」「心因性のもの・・・」に「じゃないですかねぇ」を付け、首を傾げながら当てずっぽうのことを言われるばかり。

芥川龍之介の小説に、主人公がこれと同じ症状に悩まされる「歯車」という短編がある。タイトルの「歯車」は、ぎらぎら光る輪が光の歯車のように見えることからつけられたものだ。
高校生のころこれを読んで「同じ症状だ」と思い、「芥川並みの感受性と文才があるってことかな?」なんて的外れなことを思ったりした。

半日安静にしていれば治るし相談した医者も軽く受け流すという態度だったので、特に精密検査を受けるとか積極的治療を受けるということはせずに長い年月を過ごしていた。
インターネットが普及するようになったころ試みに検索してみたら、全く同じ症状で原因が分からずに悩んでいる人が、少数だがいることが分かった。中には「これって、超能力?」なんて思っている人も。でもネット上でも「失明するの? 脳障害?」と不安が渦巻いているだけで、疑問が解決するような書き込みは見つからなかった。

まあ、日常生活にさほど支障はないのでいいだろう、と私も呑気なものでそのまま放置、またしばらく年月がたったある日、ひょんなことから一気に疑問が解決した。
新聞の集金のときに領収書と一緒についてくる薄い情報誌の中に健康相談のコラムがあり、そこに私と同じ症状の病気についての解説があったのだ。

病名もついていた。
「閃輝暗点(せんきあんてん)」という。閃光のように輝き、暗闇の中の点のように光る・・・
この4文字を見ただけで、一瞬頭の芯がキーンとなり、例の症状を誘発しそうになった。それほどこの病名は症状そのものを的確に言い当てている。
そのコラムに、閃輝暗点は偏頭痛の前駆症状として起こると書かれていた。脳の視覚野の血管が収縮し、一時的に血の流れが変化するためと考えられているそうだ。自分は頭痛持ちではないと思っていたので「偏頭痛」とは意外だった。
閃輝暗点に特に治療法はなく、頭痛薬を飲んだり安静にしたりする対処療法しかないようだった。

それでも、ともかく病名と原因が分かり、重篤な病気ではないこともはっきりしたので気が楽になった。それに、若いころは頻繁に起こった症状も、歳と共に減ってきて、最近はたまにあっても短時間で消えて吐き気などの症状に移行することはなくなってきている。

それにしても、新聞集金のおまけに付いてくるぺらぺらの小冊子にあまり人に知られていない病気の解説が書かれていたとは。私が相談した何人もの医者の中には、大学病院の医長先生クラスの人も含まれていたのに誰一人正しく診断できなかったのだ。

この記事を書くにあたって、久しぶりに「閃輝暗点」をネットで調べてみたら、128000件もヒット、ウィキペディアにまで詳しく解説されていた。知名度が大分上がったのかな?

◎きれいな空をぼんやり眺めたら、閃輝暗点の発作も減るかしら。
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(2010.10.11)
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by pataponm | 2010-11-05 15:33 | 言葉  

黒人奴隷語

以前、現実のおじいさんは話さない架空の「おじいさん語」について書いた。
今回は、英語から日本語に翻訳された本の中にしか存在しない「黒人奴隷語」について書いてみたい。

子供のころ、私は外国文学を子供向けに書き直した少年少女世界名作全集のようなものを片っ端から読んでいた。その中に黒人奴隷が出てくるアメリカの物語もあったが、彼らは翻訳された日本語の中で特有の「なまり」を持つ言葉を話した。
「おねげえでごぜえますだ」「あんまりでごぜえますだ」のたぐいだ。どちらかといえば日本の東北寄りのなまりのようでもあるが、実際にはどこにもない言葉・・・。

私は図書館に行って、黒人奴隷が出てくる代表的な物語、「アンクルトムの小屋」を借りた。
子供の本の部屋の開架にはなかったので司書に聞いたら、地下の書庫から2冊出して来てくれた。同じ出版社から昭和40年代に出版されたものと平成になってから出たものだ。

あった、あった。古い出版年の「アンクルトムの小屋」には黒人奴隷語が満載。私の記憶にあった通りの言語でトムはなまりまくっている。
語尾には「~しましただ」「~ごぜえますだ」と「だ」がつくことが多い。
ふつうの「田舎言葉」に比べて「黒人奴隷語」がやっかいなのは、教育のない貧しい暮らしの者が話す粗野な言葉・・・というだけでなく、農場の旦那様に対しては敬語を話さなければならない、という点だろうか。
そのために「おぼえていなさるまいけどだんなさま」「じょうさま、ブルーのためにおいのりしてやりましょうなあ」などの不思議な言い回しになる。。中でも奇妙なのは「~しましねえだ」という、否定形に使われる言葉だ。「しねえだ」では旦那様に失礼、かといって「しません」では奴隷らしくない・・・? ということなのか、おそらくこの言い方は「日本語に訳された黒人奴隷語」の中にしか存在しないのではないかと思う。当時の翻訳家が頭をひねって創作した言語なのではないか。

奴隷だけではなく、この翻訳本には、他の登場人物にそれぞれ「らしい」言語が割り振られていた。
旦那様は「~なのかね」「~したまえ」などの横柄な物言い。奥様は「~ですわ」「トプシーや。お待ちなさい」などの貴婦人語。腹黒い商人は「~でさぁ」「このわっしが~ってわけさね」「へっへっ、まったくだァね」といかにも悪いことしそうな話し方。

私が子供のころに読んだ本には、そんな「判押し(判で押したような)」表現がたくさんあった。翻訳家の師匠と弟子の間で「こういう立場の者はこういう話し方で訳す」という決まりごとのようなものが伝承されていたのだろうか。

ところが、平成版の「アンクルトムの小屋」を見たら、あらゆる登場人物から「なまり」が消えていた。旦那様も奥様も奴隷のトムも、みな同じように「~そうなのです」「~しました」などと話している。まるで台本棒読みの下手な芝居を見ているようで、これはこれでなぁ・・・という感じ。

この本が開架でなく地下の書庫に資料として眠っていたことや、すべての登場人物の会話文が標準語化したことは、人権問題に配慮した側面もあるのかも知れない。
それについての是非はともかく、「~しましねえだ」という文法的にもおかしな言葉が消えたのはいいことかも知れない。

原作の中で、トムはどんな英語を話しているのだろう。
黒人だけが話す「黒人なまり」というものは存在するのだろうか。
英語の本を読んでいても、会話文の中に ’ で省略された言葉や2語がくっついて出来たらしいスラングのような言葉などを見ることはあるが、黒人特有の言葉やイントネーションがあるのかまでは分からない。

◎西の空(8.3撮影)
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by pataponm | 2010-09-04 11:02 | 言葉  

おじいさん語

子供のころ、おじいさんは「わしはのぅ、~なんじゃよ」と話すのものだと思っていた。自分の父親はそんな話し方はしていないけど、歳をとっておじいさんになれば「~してしもうたわい」などと話し始めるんだろう、と。
しかし、実際に「~じゃのう」なんて話し方をする年寄りはどこにもいない。少なくとも私はそういう老人に会ったことがない。

これは、日本の民話、児童文学、何が元になっているのか分からないが、とにかく何か架空の物の中で育てられてきた「おじいさん語」なのだ。本を読むのが好きだった子供時代の私はこれを真に受けて、誰でもおじいさんになれば、おじいさん語を話すようになるのだと信じていた。

「おじいさん語」は、現在も架空世界で生きている。テレビ東京で放送されている「空から日本を見てみよう」という番組は、「くもみ」という雲の女の子と「くもじい」という雲のおじいさんが日本の上空を飛んで散歩をするという設定。この「くもじい」が、典型的な「おじいさん語」を話すのである。
「おお、そうじゃ。大事なことを忘れておった」「ほんとじゃ、何か動物がおるぞ」「下へ降りてみるとするかの」「ついうっかり言うてしもうただけなんじゃよ」etc.etc...

現実世界にあり得ない「そうなんじゃ語」を延々と聞かされると、だんだんうっとうしくなってくる。
朝日新聞の「ニュースがわからん!」というコラムは、フクロウの「ホー先生」「アウルさん」「コブクロウ」の3人が交代で世の中で起こっているさまざまなことを質問し、回答者「A」が答えるという形式だが、私の記憶では、始まったばかりのころは「ホー先生」が回答者だったと思う。
しかし、質問文に対してホー先生が「義務づけられておるんじゃよ」のように、おじいさん語で答えるという形式では、分かりやすいようですんなり理解しにくい文になるので、途中から方針を変えたのではないか。
今は回答者は「~なんだよ」「~だね」という簡潔な文で答えている。「これはどういうことじゃ」とえらそうに質問しているホー先生に対して失礼な態度なんじゃない?と、とれなくもないが、少なくとも文章としては分かりやすい。もっともこの文も、学習教材など使われる典型的な「先生語」なのだが。

「こういう人はこうしゃべるはず(べき)」的固定観念が、日本語には根強いのだろうか。
以前はお相撲さんは自分のことを「わし」と言うことになっていた。テレビのインタビューでは「自分」とか「私」と言っているのに、翌日のスポーツ紙では「わし」と直されている。カッコいい横綱だった千代の富士が紙面で「わし」と言わされているのはあまりに不似合いだった。最近はスポーツ紙を読まないので分からないが、今でも「力士は、わしと言う」と決めているのだろうか。

何十年かたって、夫が突然「やい、ばあさんや」と言い出したらどうしよう。
「はいよ、なんですか、おじいさんや」と答えて川へせんたくに行こうか。

◎家の前の空。くもじいが「あの公園に降りてみるかの」と言っているかも。
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by pataponm | 2010-07-18 17:13 | 言葉  

下のお名前様

美容院に予約を入れようと電話をしたら
「お名前様いただけますかー」と言われた。「Sです。」と言ったら
「下のお名前様いただけますかー」と言った。
何のことか分からず、一瞬考えて「S」は名字だからフルネームで言えということか、と理解できた。
それにしても、「下のお名前様」って・・・。
最近何にでも「様」を付けるようになって病院でも「患者様」と呼ぶようになったそうだ。「患者さん」でいいではないか、という投書が新聞に載っていた。
「お名前」に様をつけるのはもっとおかしい。「お名前様いただけますか」って、敬語のような形になっているが、日本語としては醜い。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」と、普通に言えばいいのに。

話し方も、若い女性は平坦な抑揚で句読点もなく「にゃんにゃん」喋るのでとても聞きとりにくい。
「下のお名前様」を聞かれたあと、
「らんかーどーなさいますかー」と言われたときにはお手上げだった。しかも、聞き返すと何回でも「らんかーどーなさいますかー」と、おんなじ調子で言い続けるのだ。
「らんかー、ですか?」「はい。」と、らちが明かない。
「らんかーって何ですか」と聞くと、それまで歌うように喋っていた女性が急にしどろもどろになった。マニュアルにない展開になったのでどうすればいいのか分からなくなったようだった。
どうやら、美容師にスタイリストからフロアディレクターまで3段階までの格があって、それぞれ基本料金に500円ずつ上乗せされていくらしい。
「ランクはどうなさいますか?」と聞いていたのだった。

聞きとりにくいイントネーションはともかく、「様」をくっつければ敬語っぽくなるだろう、的な「安易な敬語テク」が横行して、日本語をずたずたにしているような気がしてならない。

相手の名前を聞くときに、
「何様ですか」と聞いた若い人がいたそうだ。

◎我が家のささやかな庭にも春がきた。テッセンの花が咲く。
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◎隣にはエニシダも。
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by pataponm | 2010-05-12 09:59 | 言葉