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翻訳もしてみたい

英語多読を始めてもうすぐ2年、ようやく80万語を突破し、年内に100万語突破か?というところまで来た。冊数にして60冊くらい、熱心な会員に比べれば超スローペースだ。
主に10代前半くらいの子供向けの物語を読んでいるが、英米のこのジャンルには名作が多い。大人の小説も手がける作家が多くの作品を書いている。そしてシリーズ物が多い。リーダーのゆきんこさんに薦められた本はどれも面白くて、ついそのシリーズを全部読んでみたくなってしまう。
今続き物で読んでいるのは、Lois Lowry の「Anastasia」のシリーズだ。
11歳の少女のアナスタシアがシリーズを追うごとに年齢を重ね成長していく。全8巻くらいあるのだろうか、今4巻まで読んだところ。
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アナスタシアは、神経質で自意識過剰で気位が高く自己主張も強い女の子。周りの大人や学校の友人たちを皮肉な目で見てノートに書いたりしている。読んでいて、ときどきそんな主人公をちょっと「キライ」と感じてしまうこともあるが、感情豊かで情に篤いところもある魅力的なキャラクターでもあるのだ。父は有名な詩人で大学教授、母はイラストレーターだ。けして大人として収まってしまっている両親ではなく、母は、父の元恋人に嫉妬したり、娘のアナスタシアと本気で喧嘩したりする。
歳の離れた弟が生まれ、この子が天才児で、2歳なのに愛読書は子供用百科事典、どこへ行くにもベヒーカーに百科事典を積んでいる、それなのに毛布の切れ端を手放せず、おむつも取れないという子だ。
人間関係のもつれや感情の綾など、大人向けの小説にも通じるくらいの内容だが読みやすく、ところどころに上品なユーモアのセンスが光る。

◎(「保育園の子はみんな、積み木やブランコであそんでるでしょ?あんた一緒に遊ばないの?」とアナスタシアが聞くと、弟の)サムは、指をしゃぶってしばらく考えていた。「遊ばない。」口から湿った親指を抜いてサムは言った。「だって、ああいうのは赤ちゃんが遊ぶものでしょ。ぼくは、本さえあれば十分なの。」

◎(食事中、アナスタシアが両親と激しく口論して、13歳になってからほとんど人前で泣いたことがなかったのに大声で泣き出した)
泣き出したアナスタシアを目を丸くして見ていたサムは「ちょっと、しつれい」と急いで言った。「ぼく、トイレに行ってくる。」幼児用ハイチェアをすべり降りて、サムはおむつを当てたお尻をふりながら部屋を出て行った。
しゃくりあげながらもアナスタシアは、サムが嘘をついているのが分かった。ふだんは、ほめたり叱ったりしてやっとサムをトイレに行かせているのだから。

この辺のちょっとしたユーモアを英文で読んで、くすっと笑えたときは、「天空の城ラピュタ」のムスカのように「おぉ・・・、読める・・・。読めるぞ。」という気分になってくる。
これを翻訳できたら楽しいだろう。と、今数行を訳してみて思った。しかし、内容を訳すことはできても、ユーモアや心情などの細やかなニュアンスを伝えるのは難しいだろう。
たとえば、サムはハイチェアを「climbed out」しなければならないほどチビの2歳なのに、場の雰囲気を感じ取って居心地悪くなり、律儀に「Excuse me」と断って退場する。しかも当たり障りのない理由「トイレに行く」を付けて・・・
という状況を伝えるのは難しい。「climbe out」に「よじ登る」の反対の意味の言葉を付けたかったが、思いつかなかった。
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by pataponm | 2008-09-30 12:22 | 英語  

室内楽コンサート

アマチュア演奏家仲間と年に2回行っている室内楽のコンサートが開かれた。もう12回目になる。
いつもは与野のさいたま芸術劇場の大練習室でやっているが、今回初めて小ホールでのコンサートになった。
小ホールは、音楽ホールというよりはどちらかというと演劇向きの雰囲気で、音響が心配されたが、響きはとても良かった。ステージに上がってスポットライトを浴びて演奏するということで、みなさん、普段よりちょっとだけドレスアップしたりして、気合の入れ方も違っていたようだ。
全部で11曲の室内楽が演奏された。
私が弾いたのは
ベートーベン 「セレナーデ」より (フルート、バイオリン、ビオラの編成でビオラを担当)
ベートーベン 弦楽三重奏曲より (バイオリン、ビオラ、チェロの編成でバイオリンを担当)
ドビュッシー 弦楽四重奏曲 3、4楽章 (第2バイオリン担当)
の3曲だった。
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◎与野芸術劇場小ホールのステージ。演劇用ホールのようで、音楽をやるならクラシックよりジャズか軽音楽が似合う雰囲気だった。
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by pataponm | 2008-09-29 11:21 | 音楽  

ネオの楽しみ方 =猫腹温湿布=

もう死んでしまったネコだが、15年間飼っていたネオにはいろいろな楽しみ方があった。

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このようにしてネオをできるだけ長~く伸ばす。

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そのままそっと顔に乗せる。柔らかくてふわふわしたお腹の毛が最高に気持ちいい。ネオを支えたまま顔だけ左右に動かすと、すりすり効果でさらに気持ちがいい。

こんなこと、よそのネコではけしてさせてくれないだろう。ネコと一緒に暮らしている者の特権かと思うと幸福感も増す。
ネオは「されるがまま」の脱力的無表情。喜んでいたのか嫌がっていたのかは今もって不明だ。
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by pataponm | 2008-09-26 11:25  

レストランでコンサート

バイオリンを弾く友人から、レストランでの演奏を依頼されたので一緒に弾いてほしいと頼まれた。川越にある「ステラ」という欧風レストランのディナータイムに室内楽の演奏をするものだ。
曲は、モーツアルトの弦楽四重奏曲変ロ長調「プロシア王2番」とクラリネット五重奏曲イ長調。コース料理の前菜が終わったあたりで1曲目を弾き、デザートの前に2曲目を弾いた。
ディナー開始は5時、演奏開始は6時ということだったのに、4時ごろにはもう予約したお客様が見え始め、これでは演奏を最後まで聴かずに帰ってしまわれるのではないかと心配したが、皆さん演奏中は食事の手を休めて静かに聴いて下さった。

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◎小江戸川越の街道。車の中から撮影。

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◎レストラン ステラ。ワインの種類が豊富で料理は素晴らしくおいしい。

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◎コンサートのちらしが店の窓に貼ってあった。少し気恥ずかしい。

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◎レストラン店内。テーブルを移動して演奏スペースを作った。

終演後、店のご主人が軽く食事を出してくださった。最初に出てきた自家製天然酵母パンに添えられていたパテのあまりのおいしさにびっくり。鶏レバーのパテに泡立てた生クリームと貴腐ワインを加えたものだという。ご主人は、世界各地を修業して歩いて独自の欧風創作料理を作っているそうだ。コースの料理の中でデザートがおいしそうだったので、お願いして出していただいた。アーモンドのペーストを使ったムース。舌にとろけるようなムースからアーモンドの香りが立ち昇って来る。ムースの中に、ローストして刻んだアーモンドをキャラメルソースでからめたものが入っている。他に、紫キャベツをハーブと一緒にクリーム状に煮込んだ料理とか、レンズ豆の煮込みとか、今まで食べたことのないような料理をいろいろ出してくださった。
演奏後でほっとして、お腹もすいて、その上料理が信じられないくらいおいしかったので、写真を撮ることをすっかり忘れて平らげてしまった。
今度は客として来て、是非コース料理を味わってみたい。
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by pataponm | 2008-09-24 17:15 | 音楽  

たんぽぽ会 手作り絵本「おかあさんて いいね」

子供が小さいとき、住んでいた町のサークルの手作り絵本の会に入っていた。娘が3、4歳のころのおしゃべりをいろいろと書きためていたが、その中からいくつかを選んで「おかあさんて いいね」という絵本にまとめたものが、読売新聞「日本の絵本賞」の「手づくり絵本コンテスト」で奨励賞をいただいた。
その年に引越しをして今の町に移り、似たようなサークルで「たんぽぽ会」というのがあるのを知り、代表の方に電話して「仲間に入れてください」と名前を名乗ったら「あ、奨励賞の方ですね」と言われた。え?引っ越してきたばかりの町で私の名前を知っている人がいた?この賞って、もしかしてすごい賞?と思ったら、その代表のKさんは同じコンテストで厚生大臣賞などの大きな賞を2年連続で受賞されている方だった。前年の表彰式には美智子皇后(当時は皇太子妃)がおしのびでいらして、お声を掛けられたというほどKさんはすごい人だったのだ。美智子さまは受賞作品すべてに目を通されていて、Kさんにも「この作品のここがいいですね」などと言われたという。
たんぽぽ会は、子育て中の主婦の集まりで、地元の昔話を調べて絵本にしている人など、Kさんの他にも魅力ある個性的な人がいて刺激を受けた。月に一度公民館に集まって、子供同士を別室で遊ばせながら絵本作りをするという充実した一時期を過ごすことができた。

◎↓3、4歳のころ娘のつぶやきを絵本にした「おかあさんて いいね」から抜粋

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おかあさんは ずーっと おそらまで のびてるんだねえ

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うれしいとき まいちゃん ふわふわに なっちゃうの

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おかあさん おばあちゃんに なったら かなしい 
かみが しろくなって しわしわに なって しんじゃったら ないちゃう 
だって つぎの おかあさん いないんだもん

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ころんだとき ないたけど とちゅうから 「うっ」って がまんしたよ 
なみだ ぜんぶ ださなかったよ 
めの おくに まだ なみだの のこりが はいってるんだよ

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まいちゃんは おかあさんの おなかに いるとき そらも ほしも きも みえなかったよ 
とことこって あるいていたら どん、て ぶつかったの 
そしたら おかあさんの おなかが ひらいたの 
それで でてきたんだよ

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おかあさんて いいねえ 
おりょうりは できるし なんでも つくれるんだもんね 
なんか わくわくしてきちゃって おかあさんみたいに なりたく なっちゃうよ
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by pataponm | 2008-09-22 12:17 | 創作童話  

逆説的アドバイス

北京オリンピックでジャマイカのウサイン・ボルトが100メートル9秒69という驚異的な世界新記録で優勝したのはまだ記憶に新しい。
9秒6といえば、私の中学時代の50メートル走の自己ベストタイムと同じだ。
つまり、それほどまでに私はかけっこが遅かった。可哀想にそれが娘にも遺伝して、幼稚園のときからかけっこはいつもビリだった。運動会の前日、かけっこがいやだいやだと言う娘に夫がアドバイスをした。
「いいか、かけっこっていうのは走るんじゃないぞ。逃げるんだ」
なるほど、いいアドバイスだと思ったのだが、結果はやはりビリだった。仕方がないか、追って来る子がいなかったんだからね。
夫は、ときどきこのような「逆説的アドバイス」をする。7月15日の書き込み「痛いのとお友達になる」に書いたように、子どもが怪我をすると「いたいのいたいのとんでいけ~」ではなく、「痛いのとお友達になれ!」と言う。自転車に乗れるようになってふらふら走って行く息子の後ろから「道の端を走るなよ。真ん中を走れ!」と声をかける。何てことを言うの、と思ったが、「道の端を走るとバランスを崩しやすいし、その脇を車は構わずすり抜けて行く。真ん中を走れば車は徐行せざるを得ない」というのが夫の考えだ。確かに近所の道路はどこも狭く、バス道路でさえ歩道がない。白線だけが引かれていて、その白線の外側はドブ板、自転車で走るとガタガタいって子供はぐらついてしまう。おまけにところどころにカーブミラーや電柱があって先に進めない所があるので、そこだけ車道にはみ出さなければならないのだ。白線すらない道もあり、その道を大型トラックやミキサー車がぶっ飛ばして走ると私でさえ肝を冷やす。夫の説は、ある意味正しいかも知れない。
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私は、教材会社を退職したあとも、請負で校正の仕事などをしていた。校正というのは、どんなに完璧を期しても見落としが出る。同じゲラを初校、再校、三校、念校と、何回見直しても、その都度必ず誤植を発見するのだ。人を代えて校正するとまた出る。「後世おそるべし」ということわざにかけて「校正おそるべし」と校正者の間では言われているくらいだ。
私はそのことを教材編集者時代に骨身に沁みて知っていた。原稿を「文」として読んではいけない、というのは校正者の鉄則だ。「昨夜のことだった。」という文があれば、原稿の「昨夜の」を読んでゲラの「昨夜の」を見るというやり方だと「昨晩の」となっていても気付かなかったりする。原稿の「昨」を見たらゲラの「昨」に黄の色鉛筆でチェックを入れる・・・というやり方で進めていくのだ。文の下から上へ校正する、という校正者もいるくらいだ。
私が、請け負った仕事をそのようにして一文字一文字校正していたら、部屋に入って来た夫がチラッと見て
「なんだ、そんなやり方してたら却って見落とすぞ。ぼやっと見るんだぼやっと。」と言った。
「ぼやっと見る」・・・・。これまで多くの校正者たちが培って来た実績と血の滲むような努力を一瞬にしてチャラにしてしまうような言葉。しかし夫もまた編集者であり、この言葉は確かにある意味「真なり」なのだ。
一文字一文字にこだわるあまり、大局を見る目を忘れ、紙面全体の体裁が他のページと違っていたり、字詰めや罫線のミスを見落としたりする。意外によくあるのが見出しの誤植見落とし。何気なく本を手に取った人が真っ先に見つけて「あ、この字間違ってる。ひどい本。」となる決定的なミスだ。「ぼやっと見る」目は、確かに必要なのである。ただし、素人の「ぼやっと」ではなく、極めた人の奥儀としての「ぼやっと」でなければならない。

余談だが、ボルトの走りはあまりにも非現実的だった。体が他の選手より頭一つ大きかったこともあって、何だか縮尺率を間違えたはめ込み映像のように見えたのは私だけ・・・?映画「フォレスト・ガンプ」の中で、フォレスト・ガンプがフットボールの強豪選手を追い抜いてぶっちぎりの走りを見せる特撮映像を思い出したのだが・・・。
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by pataponm | 2008-09-16 12:17 | 言葉  

エジプトの菓子

エジプトから一時帰国した知人からお土産をいただいた。
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箱には、右から左に書くというアラビア文字の他に「DATES WITH ALMONDS」という文字があり、キャンディーだかチョコレートだかよく分からない写真がある。Dateを辞書で引いたが「日付」という意味の他には見当たらない。手がかりはそれだけで、いったいお菓子なのかそれとも・・・。
おそるおそる開けてみた。箱を開けると中にはラップのような物が1枚簡単に乗せてあるだけ。それを取ってみると・・・
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一人暮らしのころ、仕掛けたゴ○○○ホイホイを開いてみたら一晩で15匹かかっていたのを発見したときの恐怖がよみがえって来るような光景が・・・
でも、よく見たらそれは木の実を干した物らしく、中にアーモンドが入っていた。辞書をもう一度調べると、Dateにはナツメという意味があるらしい。
口に入れると最初は「何の味もしない」という印象だが、噛みしめているとだんだんナッツらしい深い味わいが広がって来た。
しばらくしたらまた食べたくなった。私は、エキゾチックな味にとても心を惹かれてしまう。家族は、一つ食べたら「もういい」と言っている。今度もまた、日本にはない味を一人占めして楽しめそうだ。
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by pataponm | 2008-09-13 15:07 |  

アメリカのかぼちゃ

アメリカのかぼちゃにはいくつも種類がある。昨秋アメリカに行ったときはちょうどシーズンだったからか、店先に見事なかぼちゃがごろごろ置かれていた。
かぼちゃは英語で squash というが、ココママが7月10日の「日本語?外来語?」の書き込みにコメントしてくれたように、日本のかぼちゃのことは「Kabocha squash」というそうだ。
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◎ココママのアパートメント近くの八百屋の店先。手前の2種は「Acorm Squash」「White Acorn Squash」と値札に書いてある。形がドングリ(acorn)に似てるから?その奥は「Butter Squash」か。これで姪がポタージュを作ってくれた。一番奥が「Kabocha」のような形に見えるが読み取れない。それにしても、丸ごとで59¢とは安い!

私はかぼちゃは「パンプキン」だと思っていて、スクワッシュという言葉はアメリカに行って初めて知った。シンデレラの馬車になったかぼちゃや、ハロウィーンのジャック・オ・ランタンは、日本でいう「西洋かぼちゃ」で、上の写真のスクワッシュより日本のかぼちゃに近いように思うのだが、また違う種類なのだろうか。

ところで、ココママが tamayakko という名前でブログを始めました。
リンク集の作り方が分からなかったので、ここで紹介します。ニューヨークでの暮らしの話題が満載。これからの展開が楽しみ~です。
ニューヨークの風
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by pataponm | 2008-09-11 15:49 |  

ライアーの演奏会

b0134988_11543556.jpg神楽坂の音楽の友ホールに、ライアー(リラ)の演奏会を聴きに行った。演奏者のライアーアンサンブルのリーダーの方が、作曲家だった私の祖父のお弟子さんだったという方で、間に人を介して招待券をいただいたのだ。
ライアーというのは、膝の上に乗せて弾く小型のハープのような楽器で、歴史は意外に新しく、1926年に誕生したものらしい。シュタイナー教育で知られるルドルフ・シュタイナーの思想を元に作られた楽器で、教育や音楽療法の現場などで活躍しているそうだ。素朴で暖かく、心の安らぐ音色を持っている。
シュタイナー学校で生徒たちが合奏するために作られた曲や、バッハの教会カンタータをライアー用に編曲したものなどに続き、最後に祖父の曲が演奏された。晩年は宗教曲ばかり作っていたというが、私は1曲も聴いたことがなく、今日初めて聴くことが出来た。
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by pataponm | 2008-09-06 11:53 | 音楽  

とことん・・とんとこ・・ととんこ・・ととこん・・?

福田総理大臣が突然辞任して国会が揺れている。ある大臣がそのことについてコメントを求められたが、「とことんやっていただきたかった」と言うべきところを間違えて「ととこん」と言った。首相辞任の是非よりも、私はこういうことの方に興味を持ってしまう。
テレビでアナウンサーが、自分の失敗談として「燕の巣」を「すばめのつ」と言ってしまったと話していたのを聞いたことがある。
「ととこん」も「すばめのつ」も、2つの文字が入れ替わってしまうのだろう。
多分、「すばめ」と言った瞬間に「あっ」と思っているはずだが、はずみがついて、次の文字の入れ替わりをくい止められないのだ。
気を付けていると、この手のいい間違いをする人は結構いる。
テレビドラマで、お父さん役の人が電話で
「大変おさがわせしました」と大まじめに言っているのを見たことがあった。正しくは「おさわがせ」だろう。ドラマの監督さんは気がつかなかったのだろうか。
人と話していて、「単純きまわりない(きわまりない)」「田をたやがす(たがやす)」という言い間違いをして自分で気付いていない人もいた。
最近の新聞に載っていたことだが、若い人で「雰囲気」を「ふんいき」ではなく「ふいんき」と発音する人が増えて来ているそうだ。息子が中学生のころ、「雰囲気」と言うときにどうも「ふいんき」と聞こえるように思えて気になっていたのだが、あれはやはりそう言っていたのだ。

娘は、3歳くらいのころ、どこかに連れて行ってもらいたいとき、いつも「わがまま言わないから~」と言ってねだっていた。
ところがこの「わがまま」という言葉は小さい子にはなかなか難しい言葉らしく、言うたびに「わまがが」「わがまが」「わまがま」といろいろに変化する。
私は、毎回違うバリエーションが出て来るのを、密かに楽しんでいた。
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by pataponm | 2008-09-05 16:44 | 言葉