<   2009年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧

 

森の小人

あれは、いつのことだったろうか。家族で山に行き、登山道を歩いていたら、思いがけず開けたところに出て、頂上へ続く道が分からなくなった。夫が地図を広げて確認していると、
「おじさん、道わかんないの?」という子供の声がする。見ると、小さな男の子が一人、倒れた木に腰掛けていた。
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「ぼく、山のてっぺんに行く道知ってるよ。こっちだよ。ついといでよ。」
と男の子は言うと、私たちの先に立って歩き始めた。

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「こっちこっち。」と、男の子は歌うように言いながらどんどん歩いて行った。小さいからだなのに、エネルギーがあふれそう、上り坂でも小さなお尻をふりふり元気に歩くので、追いつくのが大変なくらいだった。
やがて、道が二股に分かれたところに来ると男の子は、
「山のてっぺんはこっち。ぼくのうちはこっちにあるの。おじいちゃんと一緒に住んでるの。1年生になったら、山の下の学校に毎日歩いて行くんだよ。」
と言い、じゃあね、ばいばい、と手を振って少し下りになった道に入って行った。
私たちの行く道は、尾根に続いているらしく、木の梢の隙間から光が見えた。
ありがとうね。ぼく、お兄ちゃんやお姉ちゃんはいるの? いっしょに学校に行くお友達は?
と聞こうとして、男の子の歩いて行った方を見ると、風にでも連れ去られたか、どこにも男の子の姿は見えなかった。
あの子は、森の小人だったのではないかしら、という気が、最近はしている。

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・・・というのは、私の作り話。あの男の子は「森の小人」ではなく、14年前の我が息子です。
あのころの息子はかわいかった。山で撮ったこの写真をコピーで引き延ばして冷蔵庫に張って密かに懐かしんでいる。
3、4才のころの息子は、お父さんと遊ぶのが大好き、でも心の拠り所はやっぱりお母さん、という子だった。外でお父さんと遊んでいても、転ぶと「おかあさーん」と言って泣いたらしい。
実際、模型飛行機を持って玄関から出て行くお父さんを追って、
「お父さん待って、お父さん待って(バタッ!)おかあさ~ん」と叫んだことがある。

ご飯を食べてお腹がいっぱいになると、何故か必ず私にだっこをしに来た(おっぱい飲んだあと抱かれて眠った記憶が残っていたのか?)
朝目覚めると、いつも私のふとんにもぐりこんで来た。

冷蔵庫の写真を見ると、そんな時代の息子のあれこれが思い出され、先日も、しみじみと写真を見ながら思わず
「あぁあ、この子はもう、いないんだわ。」とつぶやいた。
それを聞いていた娘が息子を指差して「ここにいますけど?」。
「はあァ~?」と息子。
やっばり、あの子はもう、いない。

女の子は、成長過程にあまり段差がないのだろうか、「あの子はもういない。」という感慨に浸ることはあまりない。
でも、男の子は、中学以降はまるで別人。小学校を卒業するときに「くりくりぼうや」が「今までお世話になりました。さようなら。」と家を出て行き、代わりに腰パン、のったり歩きでダルそうな中学生が来て「うぃっス。」と家族に加わったくらいの段差がある。
声は低くなり、プライドは高くなり、口数は少なくなるのだ。
そして何よりも、1ケ月に1センチずつ背が伸びた。
毎週1枚ずつ写真を撮ってペラペラまんがを作ればよかった、と思うくらいの変身ぶりだ。

でも、高校も3年ともなると、少し社交性? が出て来たというか、愛想がよくなった。
家族と世間話をしたり、風邪をひいた私に毎朝「今日は体の調子はどう。」と聞いてくれたり、(もともとあったが隠していた)優しさも見せてくれるようになった。
家族でお出かけできる日も近いかな?

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◎テーブルの上でゲームボーイに熱中する「古き良き時代」の息子。生まれたときから一緒にいる猫のネオと同化している。
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by pataponm | 2009-01-28 11:21  

ワイヤーフォックステリア ・ ビーグル犬

今年は、1週間に1ぴきは羊毛ドッグを作ろう!と年頭に決心した。
音楽のことや日々の雑用にかまけているとクラフトをする時間がなくなってしまうのだ。音楽は、本番があり、そのための練習があるのでどうしてもその日に出かけなければならない。練習に参加するためには、どうしても家で個人練習をしなければならない・・・、ということで、つい優先順位が先になる。
そこで、どんなことがあっても、毎日必ず羊毛に触れようと、疲れた日も眠い日も、夜少しずつクラフトをすることにしたのだ。

ところが、ビーグル犬を作っている途中でベージュの羊毛が足りなくなり、発注したが1週間たっても届かない。年頭の決心が早くもくじけかけたが、ビーグルは置いておいて、白の羊毛でワイヤーフォックステリアを作り始めた。
テリアも、ベージュ待ち状態になったころ、袋が破損して郵便局から戻って来たため再送したとの説明付きで羊毛がようやく届いた。
というわけで、耳なしビーグルと顔の化粧待ちテリアが同時に完成した。

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◎ワイヤーフォックステリア。子供時代に飼っていた。2度子犬を産ませ、毎日抱いて可愛がったのに1ケ月過ぎたころから犬屋が1匹ずつ引き取りに来るのが悲しかった。子犬を押入れに隠したのを覚えている。
テリアって、足がなんとなくO脚なのが可愛い。

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◎顔が長いせいか、いつも小首をかしげているように見える。昔飼っていたテリアも、私がバイオリンの練習を始めると「きゅいっ、きゅいっ」と右に左に小首をかしげていた。そんなにヘンな音だったのかなぁ。

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◎ビーグル犬。今犬を飼うとしたらビーグルがいい。小さめだけど華奢でなく、意志が強そうな感じ。近所で見かけるビーグルは、闘争心が強くいつも吠えているのや、周囲に惑わされず落ち着いているのや・・・、犬種として本当はどんな性質なのかよく分からない。

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◎ビーグル犬はもっと頬骨が張って額も出ているのだが、カワウソの子供のようになってしまった。マッチョな男のあご割れ・・・ならぬビーグル特有の額割れを表現してみたのだが・・・。
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by pataponm | 2009-01-26 12:09 | 羊毛ドッグ・クラフト  

近所の温泉 「天然温泉 森のせせらぎ なごみ」

近所に天然温泉があるのは嬉しい。夕飯を食べ終わってから「今日は寒いな、温泉にでも行くか。」「行こう、行こう。」で、お風呂セット準備して車ででかける。
今日は、数年前にオープンした久喜市の「森のせせらぎ なごみ」。
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◎「なごみ」の入口。源泉半掛け流し、半循環という温泉。入館料は700円。

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◎手入れが大変だろうに、浴槽が桧なのが気持ちがいい。湯は透明で少し塩気があった。

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◎露天にはいろいろな風呂があって遊び心がいっぱい。低温ミストサウナの「塩釜サウナ」は小さな入口から身をかがめて入る。屋内側と露天側両方に出入り口があった。滝を眺めながらぬる湯につかるという「滝見風呂」の奥には「洞窟風呂」がある。ほのかな光と蒸気で神秘的な雰囲気だ。奥に水晶が設置されていたそうだが、湯気で何も見えなかった。「五右衛門風呂」は一人でゆっくりつかれる風呂だが、いつも誰かに占領されていて、なかなか入れない。「砂むし風呂」は別料金800円が必要。衣を着て横たわると係りの人がスコップで砂をかけてくれるらしい。気持ちよくて熟睡してしまいそう。
私が一番気に入ったのは「香り風呂」だ。岩と木立に囲まれたガラス張りの小さな庵の中に入ると、ミントの香りの漂う浴槽が。ゆっくりつかっていると、なにやら「チロリン、チロリン」と鈴の音のようなものが聞こえてくる。癒される。ただ、すいていて一人で庵に入れるときでなければ、この幸福感は味わえないだろう。

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◎風呂は夜入るもの・・・? なので、外観の写真は夜景になってしまう。
身も心もほんわか温まり、幸せ気分で帰路についた。
今日も家でシャワーを浴びた息子よ、駐車場から別行動でいいから、今度一緒に来ようね。
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by pataponm | 2009-01-22 14:56 | 近場のおでかけ・旅行  

ミニミニセントラルパーク隣りでミニミニコンサート

友人からの依頼で、ピアノの発表会で弦楽四重奏の演奏をした。
ピアノを習っている子供たちに、弦楽器の音を聞かせたいという先生のお気持ちが嬉しい。
モーツアルトのディベルティメント1番1楽章、ジブリシリーズから3曲、日本の歌から3曲を演奏した。
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◎会場の四谷区民ホール。立派な音楽ホールで響きもよい。こんなホールでピアノの発表会ができたら楽しい思い出になるだろう。
子供たちはお姫さまのようなドレスを着たり可愛らしく髪を結ってもらったりして、この日のために精一杯のおしゃれをしている。小さい子は、出て弾いてぴょこんとおじぎして、5分くらいの出番なのに・・・、ドレス、来年は着れないだろうに・・・、でも、うちの子のときもそうだったなぁ・・・、などと思いながら一生懸命の演奏を聴く。お父さんお母さんは、ビデオの撮影もしなければならないし、なるべく長い時間我が子を見ていたいだろう。でも、子供はまるでできるだけ早くステージから降りたいみたいに、テンポがだんだん速くなってころぶように弾いたりするのが微笑ましい。

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◎四谷区民ホールで弾くと言ったら、夫が、眺めが最高で、目の下の新宿御苑がまるでセントラルパークみたいに見えるところだよと言った。まさかと思ったら、本当に、新宿の高層ビル群を臨んで御苑がミニミニセントラルパークのようだった。

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◎駐車場をセントラルパークに見立てれば、左に見えるのはダコタハウス?

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◎右に見えるあのビルはクライスラービルか?

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◎ニューヨークに住むtamaちゃんの愛犬ココが走っているのが見えそうな・・・
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by pataponm | 2009-01-20 17:03 | 音楽  

母の遺したもの 母の味③

7月・8月 畑の作物 母は、実家に隣接した100坪の土地を地主さんから借りて畑にしていた。そこで採れた何十種類もの野菜も、母の味といえるだろう。
好奇心の塊のような母は、近所の農家の人からちょっと珍しい野菜の名前を聞くと、早速苗を分けてもらって植えていた。当時は八百屋にもなかったオクラの味を知ったのも母の畑からだし、現地特産の「のらぼう」という菜花に似た野菜も初めて食べた。
一つの作物の収穫時の量といったら半端ではない。出荷しているわけではないので、人に分けても余り、採れる時期には来る日も来る日もその野菜ばかりが食卓に上った。でも不思議と飽きた記憶がない。茹でたグリーンアスパラガスをサラダボールに山盛りよそり、マヨネーズを「ぐりぐり」と搾り出して食べたうまさは忘れられない。毎日学校から帰ると、おやつ代わりに食べた。あまりたくさん食べたので、兄が「しょんべんがアスパラガスの臭いになった。」と言っていた。(でも、これはほんとうのことなのだ!)
苺も、どんぶり一杯、砂糖をかけて潰して牛乳をどぼどぼと注いで毎日食べた。

きゅうりは、その日に採れたのがいつでもざる一杯、流しに置いてあった。母は、大量に漬物にして人に配っていたようだ。
一度塩漬けしたあと三杯酢に漬けたきゅうり漬けは、母の友人たちから「〇〇(母の名前)漬け」と呼ばれ、うちでもそのように呼ぶようになった。ぬか漬けにしたきゅうりも毎日2、3本食卓に出たが残らなかった。
ぬか漬けといえば、よく祖母の代からのぬか床を守る、なんて言うが、母は、毎年春になると全部のぬか床を新しくしていたようだ。
ところで、ぬか床は、どこの家庭にもあるのが当たり前と思っていたのだが、山形ではぬか漬けを食べる習慣がないということを結婚して初めて知った。義母に「ぬか漬けは食べないんですか?」と聞いたとき、「こっちでは、ざらめを使う。」などと話が食い違うので変だと思ったら、三五八漬けと勘違いしていたことが分かった。それだけ「ぬか漬け」という言葉に馴染みがなかったということだろう。

なすは、へたにトゲのある黒光りするようなのがやはり山のように採れた。
「みょうがとなすの卵とじ」が、それこそ祖母の代からの「うちの味」だ。たんざくに切ってアク出ししたなすを甘辛く煮て、その上に薄切りしたみょうがを重ねてさっと煮、卵でとじる。三つ葉を散らす。

これだけいろいろ畑で作っていても足りない野菜は、農家に買いに行った。
そして、少しでも難点があると「硬いわね。小さいうちに採るのがもったいなくて、いつまでも畑に置いとくから硬くなっちゃうのよ。」とか「これ古くない? せっかく生産者のところまで買いに来てるんだから、新鮮なの売ってよ。」など、ぽんぽん言う。
農家の主人が「だけんど、八百屋よりゃ、安いわな。」と言うと、間髪入れず、
「八百屋より高かったら、こんなとこまで買いに来やしないわよ。」と言い返す。
それでも、「さくい(気さくな)奥さん」などと言われて、嫌われることもなく、耕作の秘訣やいい苗の情報などを教えてもらっていた。

9月 カステラ 特に9月に作っていたというわけではないが、9月として特筆すべきものがなかったので、自家製カステラを。
料理好きな母だったが、お菓子作りには苦手意識があったのか、ケーキやクッキーはほとんど作らなかった。私が小さかったころによく作っていたが、温度設定もタイマーもない出始めのオーブンで、黒こげの失敗作ばかり焼いていたのがトラウマになったのだろうか。
それでも、カステラ作りはよくやった。木の枠を自分で作り、「長崎カステラ」と同じ味のカステラを作り、人にあげては喜ばれていた。

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◎この写真は、母が山に行くたびに買って来たバッヂだ。ざっと50個はあるだろうか。母は、山歩きも趣味だった。
父が一緒に行ってくれないので、「中高年の山の会」に入り、日本中の山を歩いた。山小屋3泊の日本アルプス縦走なんていうのもやってのけた。
最高齢70歳代という山の会なのに本格的な山登りをするので、テレビ局の取材を受けて、「中高年ばんざい」みたいな番組として放映されたこともある。急な登山道を元気に歩いたり、おにぎりをほおばったり、心底嬉しそうな母の姿が映っていた。
バッヂに書かれた山の名を見ると「尾瀬、駒ケ岳、夜叉神峠、雲取山、丹沢、妙義山、茶臼岳、立山、赤城山、北岳、八ヶ岳連峰、剣岳、上高知、大山・・・」実にいろいろと登っていたことが分かる。バッヂを買わなかった山もあるだろうから、登った山は100近いかも知れない。でも、景色を眺めながら気分よく歩くのが目的で「有名な山制覇」という野心はなく、「山の会も、百名山を制覇したいって人が出てくるようになったのでつまらなくなった。」と言っていた。
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by pataponm | 2009-01-14 10:44 | 母の遺したもの  

冬眠から覚めたチキン

昨年のクリスマス前、何年かぶりでローストチキンを作ろうと思い、鶏を1羽買った。クリスマス・イブは平日だから、家族全員で食卓を囲むことはできないが、丸ごとのチキンは、うちの近所のスーパーでは12月の23日と24日しか並ばないのでとりあえず買っておいたのだ。
案の定、娘は24日も25日も夕食はいらないという。年頃の娘がクリスマスに自宅でくすぶっていたら却って心配だし、きっとそんなことになるだろうと私は思っていたので
「じゃあ、ローストチキンはR君(息子)と二人で食べて、残りは取り分けてとっておくよ」と言ったら、娘はどうやら諦めがつかない様子。
「暮にみんながいるときに焼いてよ」と言い出す。
「暮や正月はローストチキンなんか焼いてられないし、第一こんなに大きなもの、冷凍庫に入らないからダメ」と私がチキンを冷蔵庫にしまおうとしたら
「ちょっと待って、もうちょっと別れを惜しませて」
と、生のチキンを「かわいい」とか言いながら、何か話しかけたりなでさすったりしている。
それから自分で冷蔵庫を開けてなにやらゴソゴソやっていたと思ったら
「あれ? 入ったよ?」とつぶやくので振り向くと、なんとちゃっかり大きな鶏を冷凍庫に収めていた。

こうして、クリスマスにはお披露目してもらえず、なかば強制的に「冬眠」させられたチキンが、正月も10日を過ぎてようやく食卓に上った。

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◎焼かれる前のチキン。娘は「かわいい。」と言う。めったに焼かないので気づかなかったが、トレイにパックされていたこの姿は「うつぶせ」だった。

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◎焼く直前に「あおむけ」にして、こんがりと焼けたローストチキン。一度出して、ももの部分に切り込みを入れたら中が生だったので、またオーブンに送り込み・・・を繰り返したのでお行儀の悪い足になってしまった。おなかは、詰め物でぱんぱん。まるで、分娩台の上の妊婦さん・・・? !
足首を銀紙でくるんで赤いリボンでも結べばいいのだろうが、お客様に出すわけでもないので、このまま豪快に切って食べてしまった。

詰め物は、母がいつも作っていたものだ。材料や調理法などきちんと習わなかったので、「こんな物が入っていたかな、こんな味だったかな」を頼りに作った。

[みじん切りのにんにく、粗みじんの玉ねぎをバターで炒める。熱湯で湯がいて臭みを抜いた鶏レバーを細かく刻んで加え、さらに炒める。これに小さくちぎって牛乳でふやかした食パンを加え、混ぜ合わせる。]

これを、焼く前におなかの中にできるだけたくさん詰め込むのだ。鶏肉の味が沁み込み、とても美味しくなる。肉も詰め物のおかげで、しっとりするように思う。

1.8キロのチキンは、とても食べきれず、残った肉をむしりとったらサラダやおかずに何回も利用できそうなくらいの量になった。トリガラは翌日のスープのだしに使った。

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◎最後に出てきたウィッシュボーン。二人で引っ張り合って、大きな骨片が手に残った方の願いが叶うという・・・。息子に「やる?」と差し出したら、「あー、じゃー、やりますか」と、乗って来た。妙に真剣な表情で私と引っ張り合ったが、結果は私の大勝。
でも、心配しないで、受験生の心理は心得てますから、ちゃんとオチは考えてありましたよ。
「だいじょうぶ、私の願いごとも、Rが〇〇大学に合格しますように! だから!」
「え? あー、なーんだ」と、けっこう「ほっ」とした顔。
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by pataponm | 2009-01-12 09:30 | 料理  

年末の湯、年始の湯

年末年始にでかける所として相応しいものの一つは「温泉」だろう。
近年、埼玉県内に次々と温泉が発見され、自宅から車で10分~50分以内で行ける温泉場がいくつもできた。暮の30日に、そんな埼玉の温泉の一つ、小川町の「花和楽の湯」に行った(息子は例によって留守番、家でシャワーを浴びていたが)。

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◎2004年に小川町の瓦工場跡地から湧き出したというおがわ温泉の浴場「花和楽(かわら)の湯」の門。

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◎玄関。江戸時代のお屋敷の風情。中は綺麗で品が良く、サービスも行き届いている。

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◎ぐるりと廊下が巡っていて、廊下沿いに仮眠室、足湯室、マッサージ室、レストラン、バーなどが並ぶ。湯質もよく、翌朝肌がすべすべになっているのを実感する。

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◎パンフレットに印刷された館内見取り図。江戸の湯屋をイメージしているようだ。
風呂は、露天風呂、岩盤浴、アロマサービス付きのサウナなどがあり、入浴料は1350円と少し高いが満足できる。

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◎帰りには、嵐山の農産物直売所に立ち寄った。年末とあって、野菜はほとんど売れてしまって店内はがらんとしている。70円の大根など、安くて新鮮な野菜と、地元の味噌を買った。

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◎正月3日には、さいたま市の「清河寺温泉」に行った。2006年に、うちから「すぐそこ」と言ってもいいくらい近くに温泉が湧いた、というので話題になった。入浴料は800円。露天は「源泉かけ流し」になっている。38度の源泉を沸かしたり循環させたりしないでかけ流しにしているのだ。少しぬるい感じもしたが、沸かして熱くしている湯船もあり、いろいろ入って楽しんだ。
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by pataponm | 2009-01-11 15:03  

酒粕いろいろ

毎年冬になると楽しみなのは、酒屋の店頭に地酒の酒粕が並ぶことだ。埼玉には造り酒屋が各地にあるらしい。うちから徒歩10分の地元にも「文楽」という造り酒屋があって、12月から1月にかけての短い間、酒粕が出回る。それも、店先にある日とない日があるので、買い物で通りかかるたびに店を覗いたりしても一冬に何回も買えない。月桂冠などの全国規模の造酒メーカーのものは、もう少し長い期間あるようだが、値段は高く、200グラム200円くらいの価格だ。文楽の酒粕は去年までは1キロの袋で400円だった。ところが、昨年びっくりするくらい巨大な社屋を駅前に建てて格が上がったとでもいうのだろうか、今年は500グラム袋で350円に値上がりしていた。酒粕の質も、柔らかめでアルコール分が残っているのか風味があってとてもおいしく、気に入っていたのだが、今年は固く絞り切ったような固く薄い酒粕だった。でも、粕汁を作ったらいい味が出た。
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◎左:上尾市 (株)文楽の酒粕。500グラム350円。 右;蓮田市 神亀酒造(株)の酒粕。1キロ750円。

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◎左:越生町 (有)佐藤酒造店の酒粕。1キロ450円。  右:新潟県上越市 (株)丸山酒造店の酒粕。埼玉ではないが、1キロ350円とあまりに安かったので買ってしまった。

地酒の酒粕というところに引かれてついつい買い込み、4キロもの酒粕を抱えてしまった(文楽のは2袋買ったので)。
でも、息子が大の甘酒好きで、一人で鍋いっぱい作って3杯も4杯も飲んでいるから消費できるだろう。甘酒にはブドウ糖と同じくらいの栄養分があるそうだから、受験のこの冬、風邪を引かずに済むかもしれない。
甘酒といえば、酒粕で作るのは関東以南か? 夫は東京で暮らすようになるまで、甘酒といえば麹を発酵させたものと思い、酒粕をといた甘酒は飲んだことがなかったという。
東京育ちの私は逆に麹の甘酒を知らなかった。埼玉も酒粕の甘酒で、大晦日にお寺に行くと大鍋に酒粕の甘酒を作って除夜の鐘をつきに来た人たちにふるまっている。
それでも、自動販売機の缶入り甘酒は、麹だ。アメリカの若い人に人気が出ているという「amazake」も、麹発酵の甘酒だという。

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◎山形ではスーパーに行っても、白い板状の酒粕は売っていない。売っているのは茶色いどろっとした酒粕。粕漬けに使うもので、これで甘酒は作らない。
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by pataponm | 2009-01-10 15:05 |  

お菓子と駄菓子

クリスマスから年末年始にかけては、ふだん食べられない高級菓子が豊富。夫がクリスマスに家族のために買って来てくれるお菓子の他、会社に来たお歳暮などのいただき物も。冬休みの間、食後にリンツのチョコレートやデンマークのサブレなどを一つ二つつまむわくわくタイムが楽しめる。
ところが、洋物の菓子にそれほど執着しない夫、つきあいでもぐもぐと食べていたが(リンツのチョコをもぐもぐ食べないでほしい、と私と娘は思う)、何日か続くと「う~、またこれか。」などと言い出し、ある日激安スーパーからレジ袋いっぱいの駄菓子を買って帰って来た。夕食後、柿ピーや雷おこしを食べながらテレビを見るというのが、夫の正月休みの理想の姿だったんだそうだ。
駄菓子の入ったレジ袋は、何日も楽しめるほど大きかった。あるとき、誰かがゴミ袋と間違えて(我が家ではときどきレジ袋をゴミ袋にするので)、ティッシュや紙くずが捨ててあった。
「何をしやがる。」と言いながら夫はレジ袋を抱えると、テレビの前に行ってしまった。

高級菓子も駄菓子もまだ残っているが、12月27日、28日が土日だったおかげでいつもより長かった正月休みは終わってしまった。
夫は5日から、娘は6日から出勤、息子は明日から学校だ。

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◎1年に1度の楽しみ、山積みの高級菓子。

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◎夫が買い込んだ、正月休み用駄菓子。
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by pataponm | 2009-01-07 10:05 |  

Workshop Concert

新春、桶川市民ホールのプチホールで、娘のピアノの発表会があった。
娘は、高校は音楽系の学校でピアノを専攻していたが、普通大学に進んでからはレッスンもぼちぼちになり、臨採教員をしながら教員採用試験勉強中の2年間はほとんどピアノに触れることもなく過ごしてきた。昨年秋にようやく試験に合格して少し時間に余裕ができると、ピアノを本気で弾けるのは4月の正規採用までの半年しかないかも、という気持ちになって、また集中的に取り組み始めた。
中学、高校とついていた先生ではなく、高校時代に尊敬していた音楽科の講師の先生にレッスンをお願いしたら、発表会にも参加させていただけることになった。

新春の発表会ということで、子供の部はお菓子とジュース、大人の部はワインとおつまみ付きの肩の凝らない発表会だったが、門下生は音楽系高校の生徒や音大生が多く、小さな子供たちも上手で、コンサートとしても楽しめた。

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◎素晴らしい経歴と演奏実績をお持ちの先生なのに全く飾らないお人柄、気さくにご家族(お嬢様の歌、音楽評論家のご主人は譜めくり)で演奏を聴かせてくださった。最後に弾かれたバッハのゴルトベルク変奏曲のアリアも、感動的な名演奏だった。

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◎子供たちのソロのあとは司会付きの「ショウタイム」として、創作バレエやフルート演奏、それから家族演奏が披露された。やはりご家族そろって音楽好きの家庭が多いらしく、お父さんがドラム、お兄ちゃんがピアニカ、バイオリン、または親子の連弾など、賑やかで楽しかった。
写真は、お兄ちゃんとお母さんがピアノ、お父さんがボンゴ、末っ子ちゃんがマラカスを担当して可愛らしいアンサンブル。「崖の上のポニョ」を演奏した。

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◎私たち一家も「アンサンブル・スーパーファミコン」というチーム名で、ベートーベンのピアノトリオ「街の歌」第3楽章を演奏した。

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◎一旦終了して子供たちが帰ったあとは「大人のワインコンサート」。それでも聴衆は先生が「こんなに残ってくださるとは」とおっしゃるくらいいて、小中学生の生徒たちも何人か残って熱心に聴いていた。
娘が演奏したのは、ドビュッシーの「版画」より「第2曲 グラナダの夕暮れ」「第3曲 雨の庭」。
年末年始は、音高受験や卒業演奏会のときを思い出させるほどの猛練習をしていた。受験生の息子はイライラするし、二重サッシの一応の防音はしてあるとはいえ、さぞかしご近所も迷惑だろうと身も縮む思い、でも、それだけの練習をした甲斐のあるいい演奏だった。
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by pataponm | 2009-01-05 11:15 | 音楽