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城北オラトリオ合唱団 第29回演奏会

宗教曲を中心に活動している「城北オラトリオ合唱団」の第29回演奏会にオーケストラとして参加した。場所は練馬文化センター小ホール、曲は、ビバルディ「グロリア」とヘンデル「Dixit Dominus」の2曲。

今年はヘンデルの没後250年に当たるそうだ。ヘンデル22歳のときに作曲された「Dixit Dominus」は、日本ではほとんど演奏されることはないという。
何と読むのか分からず、回りの人に聞いたが知っている人はいなかった。そのせいというわけではないだろうが、練習の間この曲は「ヘンデル」と称されてそれで用が足りていたので、とうとう本番当日まで読みを知ることはできなかった。「主はいわれた」という意味らしいということだけは分かった。

どちらの曲も、荘厳な雰囲気の名曲で、力強い厳かな曲、神を称える華やかな曲、敬虔な祈りの曲・・・と、いくつかの曲で構成されている。

コーラス、ソプラノとアルトのソロ、どれも美しく、教会の中で演奏したらさぞ素晴らしいだろうと思った。

◎リハーサルが終わって。
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◎魅力的なチェンバロ。ステージにこういうものがあると、ぐっとバロックらしくなる。
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◎チェンバロの弦が張られているところに、美しい装飾が施されていた。
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◎チェンバロの隣りに、ポータブルのパイプオルガンがあった。椅子の部分に電気で空気を送る装置が仕組まれていて、鍵盤を押すとオルガン本体の中にある何十本ものパイプが鳴るようになっている。小さいけれど、れっきとしたパイプオルガンなのだ。
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◎鍵盤部分。随分古いものらしい。
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by pataponm | 2009-06-23 22:16 | 音楽  

山形のさくらんぼ

今年も山形からさくらんぼが届いた。結婚以来毎年送ってくださる。
最初のころは等級が一番上のさんらんぼが4箱も届いた。お礼の電話をすると、ふだん送った物の値段など言わない義父が、さくらんぼだけは「今年は〇円だった」と言う。さらに「わしらも一度は食べてみたいと思っているんだ」などと、恐縮するようなことも付け加えていた。
実際、1箱6000円とか8000円とか、耳を疑うような値段なのだ。ありがたく家族でいただくときに、つい1箱のさんらんぼの数を全部数えて「1粒100円だよ」と、子供たちにも念をおしてしまった。

中学生のころ、私と兄がさくらんぼを食べたことがないことが分かって、母が八百屋から小さなかごに入った20粒ほどのさくらんぼを買って来たことがあった。「とっても高いものなんだよ」と聞かされて数粒ずつ分け合って食べたが、すっぱくてそれほどおいしいものとは思えなかった。
私はそれ以来、結婚するまでさくらんぼを食べたことがなく、初めて山形の佐藤錦を食べたときには、さくらんぼってこんなにおいしいものだったのかと感激した。

◎今年も届いたさくらんぼ。
贈答用の高級品は、一番上の列が、真っ赤な大粒のさくらんぼを手作業で一粒ずつ宝石のように並べてある。最近は「家庭用のを送る」と言って等級は少し下がったが、味は変わらずとても甘くておいしい。アメリカのさくらんぼの分かりやすい甘さとは違って、上品でやさしい味だ。
そもそも、アメリカンチェリーとは全く別の果物で、比較するものではないという気もする。
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もう7、8年も前のことになるが、さくらんぼの季節に夫の従兄弟が訪ねて来たことがあった。従兄弟は土産に木箱入りのさくらんぼを1箱持って来た。包みをそっと開けてみると、ふつう1列だけの「宝石」が、下まで並んでいるのが見え、相当な高級品と見えた。ちょうど夫の実家からも4箱のさくらんぼが届いたばかりだったので、従兄弟のさくらんぼは娘のピアノの先生へのお中元にいいと思い、元通りに包み直して持って行かせた。実家から来たのも上等だったがスーパーで売っているようなプラスチック容器に入っている上に個包装ではなかったので、木箱に入っている方を持って行ってしまったのだ。
しばらくたって、義父から電話があり、従兄弟の持って来たさくらんぼは、2万3000円もする最高級品だから、きちんと礼をするように、と言われた。
「2万3000円?!」世の中に、たった1箱の果物にこれだけの値段が付くということがあったのか。従兄弟も従兄弟だ。さり気なく、そんなものを置いて行くとは。
そして、その、この世のものとも思えない果物を、人にあげてしまったバカなわたし・・・。
ピアノの先生からはすぐに電話があり、「高価なものを・・・」と丁重なお礼を言われた。お中元を持って行って電話をいただいたことはなかったので、せめて価値は分かっていただけたか、とは思ったが、それでも、いくら先生でも、2万3000円とまでは夢にも思わなかったに違いない。

目の前を虚しく通り過ぎて行った、宝石のような、超高級ランクのさくらんぼ。もう一生口に入ることはないだろう。
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by pataponm | 2009-06-22 10:36 |  

第12回 ビオラの会

「第12回ビオラの会」が開かれた。会場は大田区民プラザ小ホール。
3回目から参加している私は、今年で連続10回目となる。

演奏機会の少ないビオラのソロを演奏する会、という趣旨で始まったこの会、毎回「ビオラのための曲がこんなにあったの」と驚かされる。
特にFさんは、毎年チェロとのDUO、フルートとのDUOなど、ビオラの入った珍しい組み合わせの曲を演奏して楽しませてくださる。
今年は、ブラームスの「アルト、ビオラ、ピアノのための2つの歌 op.91」
この曲はブラームスの歌曲を集めた古いLPがうちにあり、その中に入っていて夫が以前から「アルトをクラリネットに書き換えればファミコン(我が家の家族アンサンブル)でできるね」と話していた曲だ。でも楽譜を探すことができなかった。
Fさんにお願いして、楽譜を貸していただくことにした。いつか娘、夫と一緒にやってみたい。

◎ブラームスの歌曲でビオラを演奏するFさん。
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◎私は、シュターミッツのビオラ協奏曲 ニ長調op.1  第2、3楽章を演奏した。
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◎ビオラの会のプログラムに寄せたコメント
「 ビオラの会の参加は、今年でとうとう10回目になりました。室内楽にオーケストラに、ビオラを弾くことの多い私ですが、ビオラのソロ曲を弾くのはこのビオラの会が唯一の機会です。1年に1曲、ソロの曲と向き合って、今までにソナタ、協奏曲、小品といろいろな曲を勉強させていただきしまた。
今回は、何年か前に1楽章だけ弾いてそのままになっていたシュターミッツのビオラ協奏曲の2、3楽章を弾いて完結させることにしました。モーツァルトより少し早いシュターミッツ、様式の中にも自由に歌う気持ちを忘れずにのびやかに演奏したいと思います。ピアノは、ビオラの会以上に長いつきあいなのにDUOは初めてのSさんです。」
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by pataponm | 2009-06-21 22:33 | 音楽  

羊毛ドッグ「ミミ」制作

友人のAさんから、実家のお母さんが可愛がっているシーズーのミミを作ってと、写真を何枚か預かったのは今年の2月だった。比較的すぐ取り掛かったものの、長毛種の羊毛ドッグを作るのは初めて。植毛で行き詰って1週間いじくり回した結果、手に負えない状態になってしまった。
そのうち、クラフトマーケットの出展が決まって、作品を作りためなければならないことになり、Aさんにはしばらく待ってもらうことにした。
ところが、そうこうするうち、なんと15歳という高齢だったミミちゃんが死んでしまったのだ。Aさんのお母さんは大変な悲しみようで、寝込んでしまったという。
「お星様になってしまった子の制作は、何が何でも最優先!」をモットーにしているつちままのようにできればよかったのだが、はたしてシーズーが本当に作れるのか分からなかったし、クラフトマーケットの期日は迫るしで、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらミミ制作がずるずると遅れてしまった。

クラフトマーケットが終了し、いただいたオーダーを作って(と、またミミちゃんを後回し)、ついにミミ制作に取り掛かった。

◎胴体を作る。
これまで、ただミミ制作を放り出していたわけではなく、出来損ないのミミを羊毛作家のぷーさんやつちままに見せてアドバイスをしていただいたりしていた。その結果、「どうせ植毛するのだから胴体は適当でいい」と思っていたのは間違いで、植毛するからこそ、胴体は固めに、形もしっかり作らねばならないということが分かった。「出来損ないミミ」は廃棄。
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◎頭を付ける。つい鼻先を出したくなるが、シーズーの鼻は、笑っちゃうほどぺっちゃんこだ。
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◎メリノ種の白羊毛を1センチほどに切って、足、胸、腹とびっしり植毛。顔は、「鼻を中心に放射線状に」「ほとんどオールバックの感じ」というアドバイスを思い出しながら植毛する。体は激太りとなり、顔はオバケとなる。
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◎目と鼻を付けたら、なんとなくそれらしくなる。「目鼻がつく」とはまさにこのことだ。あとはゲキ太りの体をどうするか。
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◎目指すはこの子。道は遠い。
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by pataponm | 2009-06-20 20:36 | 羊毛ドッグ・クラフト  

小室寛 画集出版を祝う会

父の画集が出版され、6月15日にお茶の水の全労連会館で祝う会が催された。
画廊のMさんや美術家仲間、研究所の生徒さんらが発起人となって準備をして下さり、当日は50人以上もの方々が集まった。子供のころ父の所属する美術家団体の展覧会について行ったときにでも会ったのか、見覚えのある画家さんや彫刻家の方もいたが、歳月がたち皆さん70代、80代になられている。父の「生徒」という方も70代だそうだ。それもそのはず、父は今年米寿の88歳なのだから。

◎カルテット・ラ・メールがお祝いの演奏をする。中央で聴いているのは父。腰の手術をして杖が手放せなくなったが、驚くほど元気だ。
カルテットのメンバーは、「長女」の私と一緒に「娘っこ気分」になれたと言って喜んでいた。
演奏した曲は、
〇モーツァルト 弦楽四重奏曲 K.156
〇ハイドン 弦楽四重奏曲「皇帝」 2楽章
〇バルトーク ルーマニア舞曲
〇マスカーニ  歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲
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◎会費制で、各自にお弁当と、各テーブルにオードブル、それにビール、酒という簡素なものだったが、とてもおいしいお弁当だった。
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◎会場で、画集の予約受付をしていた。代表作といえる巻頭の何点かの作品が真っ暗な刷り上がりになってしまい、刷り直しすることになったので、祝う会での販売が間に合わなくなり、このような形になったのだ。
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思えば、2軒長屋の都営住宅の時代から、父は毎日絵を描き続け、絵筆1本で家族を養って来たのだ。
都営住宅では、四畳半一間が家族4人の生活の場だった。食事時には折りたたみテーブルを出し、普段はソファにくつろいでタンスの上のテレビを見たりして居間となり、夜はそのソファがベッドに早変わり。父は二階の6畳で一日絵を描いていた。
印刷目的のイラストレーターとは違って、1枚描いては1枚売る、そんな仕事だ。それで東京郊外に家を建て、子供を大学まで行かせた。本当に並大抵の努力ではできなかったことだろう。
その長い間の画業が1冊の画集にまとまり、私としても感慨が深い。

◎小室寛画集より
●牛と若者 油彩 F120
1971年 アンデパンダン展出品
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●トルコ桔梗 油彩 F8
2003年 日動画廊太陽展出品
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●諏訪への道 油彩 F10
1990年代 みずさわ画廊出品
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●水野さん 油彩 F6
1959年頃
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●民族衣装の女 油彩 F15
1981年 旧ソ連ウクライナ旅行で
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by pataponm | 2009-06-17 22:14  

子猫を見に行った

うちに子猫が来ることになった。2006年に15年間飼った三毛猫のネオが死んだあと、昨年あたりからまた家族の中で猫が欲しい気分が高まってきて、タウン誌やペット里親募集のHPなどをときどき見たりしていた。沿線の駅の駅前で毎週末に里親会が展示している猫を見に行ったりもした。でもなかなかこの子、と思える子に出会えず、最近近所に野良猫や捨て猫をぱったり見かけなくなったので、そんな出会いもなかった。

そんなとき、乙女ちゃんの飼い主のSさんとのよもやま話の中で「うちも猫が飼いたくて、探しているんですよね」と何気なく話したら、Sさんが、乙女ちゃんを斡旋してくれたYさんを紹介してくださり、それからとんとんと話が展開していったのだ。
Yさんは、野良猫に避妊手術をしたり捨て猫を保護して里親を探す団体に所属している方で、お会いしたときに「キジトラかグレーのトラ模様の雌猫で、生後1ケ月くらい」という希望を言ったら、それから1ケ月もたたないうちに電話をくださった。
「小さければ小さいほどいいとおっしゃってましたよね」
どのくらい小さいかというと、生後2日だという。それはあまりにもちょっと・・・。
猫の習性が身につく程度に親に育てられ、人間になつく程度に小さい、そんな身勝手な希望から「生後1ケ月くらい」と言ったのだが・・・。
しかし、Yさんのお話では、家で生まれた猫は離乳まで親に育てられても人間になつくけれど、野良猫に育てられた猫は、その1ケ月の間に人間を警戒することをしっかり刷り込まれてしまうのだそうだ。
それに、今回保護された3匹の猫は、生後間もなく臍の緒のついた状態で捨てられていたので親に育てさせる術もない。
子猫たちは、墓地に捨てられていたそうだ。人があまり来ない所に生まれてすぐ捨てられるような猫は、カラスに襲われることがあるという。むごい話だ。
ネオは、離乳のすんだ生後1ケ月くらいのときに、人がたくさん集まる農協の脇に捨てられていた。捨てた人は少しは良心があったということか。

Yさんは、貰い手募集中の猫を常時2、30匹飼っているそうだが、その3匹の猫たちはボランティアさんのところにいるという。日をおいてYさんから連絡を受けたボランティアさんから電話があり、今子猫たちはまた別のボランティアのところに預けてあるので案内します、というので、大岡山まで見に行った。行ってみると、その「別のボランティア」の方は日中お勤めがあるため昼間の世話を近所の人に頼んでいるということで、私が訪ねる時間に合わせて連れ戻して来ていた。
里親募集の組織は、4重5重のボランティアの人の手によって支えられているのだ。

◎ボランティアさんのお宅で対面した3匹の子猫たち(写真はボランティアさんが写したもの)。左から薫(オス)、源氏(オス)、葵(メス)というみやびな仮の名をつけてもらっていた。「葵ちゃん」が希望通りの子だったので、貰い受けることにした。
この日で生後2週間。まだミルクしか飲めない。夜中も2時間おきの授乳、お尻を刺激して排泄をさせるなど、世話がとても大変だ。離乳までボランティアさんが世話をしてくれて、7月の初めに我が家に届けてくださることになった。貰うと決めた子なのに世話をお願いするのは申し訳ない気がするが、育てる自信がないし、いつもそのようにしているとおっしゃるのでお願いすることにした。
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◎うちに来ることが決まった「葵」ちゃん。顔が「源氏」に比べると縦の長さが短く、幼な顔だ。両前足の指先だけが白いのが可愛い。
預け先のお宅から連れて来る途中でバスケットの中で誰かがうんちをしてしまい、3匹全部がうんちまみれ、私が伺ったときは、台所の温水で順番にざぶざふ洗われている最中だった。ずぶ濡れの3匹との対面だったが、体温がとても高いせいか、すぐに乾いてふわふわになった。
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◎ちょうどてのひらに乗る大きさ。平らな所に置くと、母親を求めて歩き出すが、腰が落ちてよろよろ歩きだ。3匹一緒にすると、お互いがお互いを母親だと思ってもつれ合ってお乳を探し始める。1匹が別の男の子のちっちゃな「突起」を乳首と間違えてくちゅくちゅと吸い付き、その刺激でおしっこが出て来たのを飲んじゃった!
「これ、いつもやってるんですよ」とボランティアさんはこともなげに言う。
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◎ボランティアさんのお宅で飼っている猫。葵は、大人になったらこんな猫になるのかな・・・、と想像する。
飼い主さんが隣りの部屋に入ってしまったので、心配して出てくるまでじっと待っていた。
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うちに猫が来ることになって、子供たちは大喜び。特に息子は、物心ついたときには猫がいた生活だったので、ネオがいなくなってから、「あぁ、また猫飼いたいな~」と、何かにつけて言っていた。
夫は、ネオが死んだあと、ネオに汚された壁や床をすっかり新しくして部屋が綺麗になっていたので、「飼えば可愛いのは分かるよ」と言いながら複雑な表情。
私は、てのひらに乗せた「葵」ちゃんが、私のてのひらのしわを乳首だと思って吸い付こうとする口先の感触が忘れられず、もう「葵」ちゃんのことばかり考えている。3匹が並んだ写真を見ても、「この子」と決めた「葵」ちゃんしか、「うちの子」とは思えなくなっている。
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by pataponm | 2009-06-15 17:19 | ペット  

Rさんお別れ会

カルテット・ラ・メールのチェロ奏者としてご一緒していたRさんが、ご主人のアメリカ赴任に伴って渡米されることになり、Reさん宅でお別れ会をした。
Rさんは、芸大を院まで出られた方で、演奏の仕事や生徒の指導にも忙しいのに、私たちのカルテットに加わり、J さんやReさんのバイオリン教室の発表会、病院や学校でのコンサートなどで一緒に演奏してくださった。思えばもう7、8年のお付き合いになる。
途中カナダに赴任になって3年間日本を離れていたが、一昨年帰国したばかりだった。今度はアメリカに3年間だそうだ。
前回は家族4人、犬2匹猫3匹の大移動だったが、当時高校生だったお子さんたちは大学生になっているので日本でお留守番、猫2匹も息子さんと残ることになった。しかしまだ犬2匹に猫1匹がいる。飛行機に乗せるためのケージを用意したり、書類の準備などいろいろと面倒なことがあり、チェロも持って行かなければならないので、息子さんが同行するそうだ。
「小さな子供3人連れて行く方がよっぽど楽!」と言っていた。

◎料理は、Rさん以外の3人で「1品持ち寄り」。
1品でいいと思い込んで私はスープ(具だくさんミネストローネ)1品(鍋ごと自転車に積んで行った)しか持って行かなかったが、J さんはミートパイとサラダを持って来た。Reさんは、なんとご主人が自慢の寿司作りの腕をふるって押し寿司を作っておいてくださった。
握り寿司は、以前このカルテットのメンバーが夫同伴で招待されて振舞っていただいたが、押し寿司は初めて。うなぎ、鮭、鯛の贅沢ネタ3種だ。
Reさんはほかに漬物やサラダを用意して、とても賑やかなランチの食卓になった。
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◎私たちのリクエストに応えて、Rさんがチェロの演奏をした。「愛の挨拶」と「白鳥」の2曲。ゴージャスなRさんのチェロの音色にしばし陶酔。
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by pataponm | 2009-06-13 17:12 | 音楽  

山形のだし

子供のころよく食べたのにその後見たことがない、あれは何だったんだろう、という「幻の味」が、夫の記憶の中にはいくつかある。
その一つが「とろろじゃないんだけど、ぬめりがあって緑っぽくてご飯に合ううまい物」だった。
春か初夏のものなのか、お盆と正月に帰省しても出て来ない。長い間あれは何だったんだろう、と思い続け、ついに数年前、叔母たちに聞いてみた。叔母たちは、こともなげに「あぁ、みずの。」と言った。茎を生のまますり鉢ですって、酒、醤油、味噌などで味付けして食べるという。
あるとき夫はどこからか「みず」を買って来た。叔母から聞いたとおりに料理してみてくれと言う。
しかし、できたものは「ちがう。これじゃない」。ぬめりのようなものは全然出なかった。

それからしばらく、「みず」のことは忘れていたが、テレビの「田舎に泊まろう」という朝の番組で山形の家の主婦が「だし」を作り、その材料にみずを使っていた。
「山形のだし」は最近近所のスーパーでみかけるようになったが、私は結婚後山形に行って初めて知った。
いろいろな野菜を粗みじん切りにして塩もみしただけの素朴な即席漬けのようなものだ。
「これは何ですか ? 」と義母に聞いたら「だしだ」と言う。「だし ?」「んだ」で会話は終わってしまい、だしって、うまみ調味料のことを言うんじゃないの ? だしをとった何々とか、だしのきいた何々というのはあっても、「だし」という名の食べ物があるの・・・? と、疑問符だけが残った。
その「だし」に、「みず」を使うと、番組の中で主婦が言っている。なまりが強かったのでレポーターが聞き違えたのか、ナレーションでは「水菜を使います」と言い、テロップでも「水菜」と流れた。でも、画面に映っているのはまぎれもない「みず」だ。
そんなとき、うまいタイミングで生活クラブ生協のカタログに「みず」が載った。米や有機栽培の野菜などで山形と縁が深い生活クラブ生協なので取り扱ったのだろう。
「だし」なら作れるかも、と思って注文してみた。

◎これが「みず」
赤みずといい、茎の根に近い部分が赤い。袋にはかっこ付きで(ウワバミソウ)と書かれていた。
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◎根に近い部分はこのように赤い。
お盆に帰れず、9月に帰省したことがあり、農産物直売所で「みずのむかご」というのを買ったことがある。葉の近くにできる実のような豆のような塊だ。混ぜご飯にしたら、ほくほくした歯ごたえでとてもおいしかった。
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◎スーパーの「山形のだし」の材料名を見たら「みず」は入っていなかったが、他の材料を見て参考にした。
なす、きゅうり、みず(蕗の筋を取るようにして皮をむく)を刻んで塩もみしたあと少し水を絞ってから、しその葉、みょうがを加え、塩とだしの素で味を調えた。
みずは、あくもなく、生のまま食べられる。しゃきっとした歯ごたえだが、味といえるものはないような・・・。水のような味だからみずと言うのかな ?
お手本もなく作った「だし」だが、さっぱりと香りよく(主にしそとみょうがの香りだが。みずは味も香りもない。)、ご飯にもそうめんなどにも合いそう。
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◎おひたしも作ってみた。筋を取って短く切って1分ほど茹でて醤油味。蕗そっくりの色だが何の香りもなく、赤い部分はだしに使ってしまったのでぬめりもない。美味しいといえるのかどうなのか・・・。
やはり夫の「幻の味」は、幻のまま残ったようだ・・・。
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by pataponm | 2009-06-11 17:09 | 料理  

かっこうは4拍子?

今年もカッコウが鳴いている。5月の末に第一声を聞いてから、雨さえ降らなければほとんど毎日鳴く。
ソナタの練習に我が家にきたピアノの K さんが「カッコウが鳴いてる ! 」と驚いていた。カッコウの曲を習っている K さんの生徒さんがレッスンのとき、「うちの近くでカッコウ鳴いてるよ」と言っていたそうだ。テレビか何かから聞こえて来たのを勘違いしているのかと思っていたら、「本当に鳴いてる」というわけだ。

19年前に引っ越して来たとき、うちの前には大きな林があった。不動産屋の案内でここへ家を見に来て、車を降りたとたん、「チョットコイ !」と、林の中からコジュケイが大きな声で鳴いた。この家がほぼ即決になったのは、林のおかげではないかと思う。
引っ越してみれば、朝目覚めると寝室の窓から木々の梢がさやさやと揺れるのが見え、夜はコノハズクが「ほう」と鳴く、まるで別荘に来たみたいだった。林の主のような青大将がときどき道端に現れたり、ねぐらにしているカラスたちが日が暮れると大群になって帰ってくるのすら好ましかった。
林の中に入ってみると、春には筍が頭を出し、秋には山栗が実を落としていて、地主がいるのだろうが放置されているのでときどきいただいてしまったこともある。子供たちはカラスウリを集めたり、ヤマブドウの実で色水を作ったり、「秘密基地」を作って遊んだり、林のおかげで「正しい子供時代」を過ごすことができた。

ところが、数年後から区画整理が始まり、あれよあれよという間に何十本もの木が伐採され、整地されて道路が通り、次々と家が建っていった。今では、かつての10分の1くらいの林が残っているだけだ。

◎林のあった所はマンションや公園や住宅になって、今は申し訳程度に残っているだけ。コジュケイもコノハズクもヘビもカラスも姿を消したのに、カッコウだけは毎年戻って来てくれる。
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◎見上げると、枝のてっぺんにカッコウが止まっているのが見えた。
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あれだけ鳴いているのをみると、北から渡って来たカッコウは、ここで繁殖するのだろうか。あんな小さな林でメスを呼んで、お嫁さん来てくれるのかしら、託卵するホオジロやモズの巣はあるのかしら、と余計なことを心配してしまう。
そんなことを考えながら聞くせいか、立て続けに鳴くカッコウの声はどこかひたむきで、痛々しくもある。「カッコウ」の「コウ」の声は落ち着いているが「カッ」の方は、ときどき音程が上ずったり音が割れたりするので「喉も裂けよ」とばかり鳴いているようにも聞こえる。「嫁コイ、嫁コイ」と・・・。
ネットで調べたところによると、ヨーロッパでは、カッコウの季節になると、少女はその最初にきいた鳴き声の数で、自分が何年たったら結婚するかを占うそうだ。とすると、10回以上は鳴かないでほしいものだが、この辺りのカッコウは一息で40回くらい鳴いている・・・。

カッコウは、その鳴き声をそのままに、さまざまな曲の中に取り入れられているが、ほとんどが3拍子の曲なので、私はカッコウは3拍子で鳴くものと思っていた。
確かに3拍子で切羽詰まったように鳴くこともあるが、よく聞くと4拍子で鳴いていることの方が多い。「カッコウ●●カッコウ●●・・・」というリズムだ。
(昨年オーケストラで演奏したディーリアスの「春初めてのカッコウの声を聴いて 」のカッコウは、4拍子で鳴いていたかな・・・?)

フィンランドやロシアでは、カッコウの鳴き声を悲しみの声として、フランスでは明るく楽しい声として、それぞれの民謡の中でうたわれているそうだ。
これは、鳴くカッコウは変わらねど・・・、北欧の人と南欧に近い国の人の気質の違いがそう思わせたのだろう。
それでは、日本ではどう聞いていたのだろう。
「閑古鳥が鳴く」の閑古鳥は、ずばりカッコウのことだそうだ。人気(ひとけ)がなく静かな場所でカッコウが一声鳴くと、辺りの寂しげな雰囲気が際立って感じられる・・・。それが転じて、客の来ない侘しい飲食店などの形容に使われるようになったのだろうか。
ヨーロッパの人たちが、人間臭い情念を込めてカッコウの声を聞いているのに対して、これは俳句の「わびさび」に通じるいかにも日本人らしい捉え方のようにも感じて、これはこれで面白い。
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by pataponm | 2009-06-10 09:49  

2009年ウール作品コンテスト出品「ねこ野原」

北海道十勝の牧場「スピナーズファーム タナカ」で、今年も羊のイベント「ウールチャレンジ in 十勝」が開催される。催し物の一つ「ウール作品コンテスト」に応募作品を送った。今年で2回目。
初めて応募した昨年は、2匹のクマがクラリネットとバイオリンを演奏している
DUO」だった。

◎今年の応募作品「ねこ野原」
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今年は開催時期が昨年より一ヶ月早まった。クラフトマーケットもあったし、応募は無理かなと諦めていたが、以前に作った猫たちを集合させれば何とかなる・・・と思い直し、このような形にまとめてみた。
「国産羊毛を50%使用」という規定があるので、真ん中の三毛ネコを国産羊毛
100%で一から作り直した。他のネコは縞模様などをむしり取って国産羊毛でつけ直したり、一部の色を国産羊毛で付け加えたりした。
地面の緑と茶は国産100%。これで50%の条件は満たしているだろう。

応募用紙に記入したコメント
「最近は、のらネコをあまり見かけなくなりましたが、少し前まで、近所にのらネコたちが集まって来るネコ野原がありました。ネコたちは、ケンカするでもなく仲よくするでもなくそれぞれの時間を過ごし、また自分の縄張りの見回りに出掛けて行くのです。真ん中にいる三毛ネコは、15年間飼って一昨年死んだ我が家のネコをモデルにしました。飼い主の知らない所で、こんな風に仲間たちと交わっていたんじゃないかな・・・、と思いながら。」

◎ペレンデール鎌倉さんから取り寄せた染色国産羊毛「サホークホゲット」。微妙に違う茶系の羊毛が混じり合っているので、好みの部分を引き出して使う。地面の色など、自然なグラデーションが出てとてもよかった。
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もう一種取り寄せたのは、生成りで「サフォークチェビオット」。生成りといってもかなり白く、三毛ネコの白い部分がいい感じにできた。
今年の羊の毛刈りはまだだそうで、いずれも去年のものから見つくろって送ってくださった。地面の緑部分は去年緑のクマを作ったときに残った国産の染色羊毛。
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by pataponm | 2009-06-07 13:28 | 羊毛ドッグ・クラフト