<   2009年 11月 ( 14 )   > この月の画像一覧

 

今日のタビィ <折りたたみ式ねこ>

◎猫は体がやわらかくできているので、このように丸めて折りたたむことができます。たいへんコンパクトになりますので、勘袋などに押し込んで持ち運びも可能です。
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◎伸ばせば、ゴムひものようにどこまでも伸びます。この写真はかなり長いですが、まだまだ伸びしろがあると思われます。
自分を人間と思って育った猫は、このような格好で家族に説教をすることがあります。
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by pataponm | 2009-11-30 10:55 | ペット  

今日のタビィ <6ケ月>

タビィ6ケ月になる。避妊手術をしたら明らかに睡眠時間が長くなった。午前中はほとんどタビィベッドの中で寝ている。玄関やサッシが開く音がすると、飛び起きて2階からでもすっ飛んで来たが、3回に1回は頭だけ持ち上げて物憂そうに動かなくなった。ぴくりとも反応しないこともある。少しずつ落ち着いた大人になっていくのね。少しさみしい。

◎寝顔はいつ見てもかわいい。屋根つきタビィベッドの中に頭を突っ込み、タビィのお腹にそっと頬を乗せると、バーチャル猫体験ができる。タビィも私を猫扱いしてなめてくれたりする。
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◎体重は2.2kg。先月2.1kgであまり増えていないが、手術のストレスで1.7kgまで落ち込んだことを思えば立派だ。
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◎子猫もかわいいが、私は大人の猫も好き。猫の写真のカレンダーは圧倒的に子猫が多いけれど、私は毎年大人の猫(今年は野良猫)をモデルにしたカレンダーを買っている。
タビィの子猫時代は終わった。どんどん食べてどんどん大きくなってね、と思う。
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by pataponm | 2009-11-26 10:48 | ペット  

京都へ ~甥の結婚式 2~

翌朝6時前に起床して、結婚式列席のための身支度をする。ドレッサーに向かっていた娘が「穴がふさがってる!」と悲痛な叫び。数か月間の教員生活の間ピアスをしなかったので、穴がふさがりかけていたのだ。顔を真赤にして痛みをこらえてピアスを押し込み、薄皮突破! おしゃれのためにはこんな苦労もしなければならない。

◎9時に披露宴会場に集合。会場となるパビリオンコートは、大正期に建てられた古い洋館でレストラン、結婚式、各種パーティー、ギャラリーなどに利用されている。バイオリニストのハイフェッツ、メニューイン、スターンなども来館したようで、写真とサインが飾られていた。
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◎そこから新郎新婦は「寿」と書かれた飾のついた専用車で、私たちはタクシーで式場となる平安神宮へ。
私は神式の結婚式に初めて列席した。写真右の渡り廊下を一列になってしずしずと式場へ進み、古式ゆかしく挙式が執り行われた。雅楽奏者たちの演奏に合わせて巫女たちが舞を舞う。
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◎滞りなく結婚の儀が執り行われ、新郎新婦は人力車に乗って再び披露宴会場へ戻って行った。徒歩で10分の距離とはいえ、知った人もない一般の公道をこのようにめでたい姿で走って行くのだ。
無口で内気だった甥が新婦のEさんと巡り合って以来の激変ぶりには驚きの連続だったが、娘にとってはこの人力車が「とどめ」だったようだ。「あのSちゃんが!」と何度も感嘆の声を上げていた。
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◎私たちは、あとからゆっくり歩いて戻った。平安神宮をお参りする時間はなかった。
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◎南禅寺や知恩院も近いこの界隈、道を歩いていても一般の家屋などに思いがけず古い建物を見かける。これはお菓子屋さんのようだ。
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めでたいこの日は11月22日。「いい夫婦の日」だ。1年で最も挙式の希望が殺到するこの日に、最も名門の式場と披露宴会場を押さえたのは、しっかり者の新婦のEさんの熱意らしい。学生時代に来て、「結婚するなら絶対ここで」と、結婚相手が決まる前から決めていたようだ。
披露宴でのスピーチでも、「しっかり者でやり手の新婦と、堅実だが大人しい新郎」の対比が浮き彫りにされた。新入社員として二人を指導した上司の方は、Sが「お話があります」と言って来たときはてっきり辞めるのかと思ったそうだ。そうしたらなんとEさんと一緒に現れた。「こいつは、一人で辞表も出せずにEさんに付き添ってもらったのか」と思ったら結婚しますという話だった、というスピーチに会場は爆笑となった。
確かに対照的な二人だが、互いに足りないところを補って支え合っている本当にお似合いのカップルだと思った。

楽しいスピーチやスライド上映が続く中、次々と料理が運ばれて来る。新郎親族席で叔母が料理の写真を撮るなんてまずいかな、と思ったが、隣の娘や姪たちも撮っている。親族席は振り返らなければ見えない場所なんだし、と開き直った。ひんしゅく買っていたらごめんなさい。

料理は、「二人の出身地である島根、滋賀、 二人が大学時代を過ごした京都、 二人が出会った岐阜の食材を使ったオリジナルメニュー」
以下、メニュー表に書かれていた料理名を転載する。

◎「色鮮やかな根菜類と貝柱・サーモンのテリーヌ エストラゴン風味」
 紅芯大根・聖護院大根・京人参と貝柱をスモークサーモンで囲んである。
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◎「シャラン鴨と堀川牛蒡のファルシ フォアグラ添え マデラ酒のソース」
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・・・・と、ここで「新郎の叔母様と従妹さんによる演奏」ということになってしまい、「香ばしく焼き上げたカリカリのフォアグラ」を横目に席を立った。Sと同い年の娘が短いスピーチをして、エルガーの「愛の挨拶」を演奏。昨日、荷物抱えて歩きまわったために筋肉痛になったせいか、シャンパンとワインを飲んでしまったせいか、腕が震えてあまりうまく弾けなかったが、二人の門出を祝い、心をこめて演奏した。

◎「近江蕪と大和蜆のポタージュスープ カプチーノ仕立て」
 島根県・宍道湖の大和蜆の旨みを使った滋賀県・近江蕪のポタージュスープという、二人の出身地の融合料理だ。ハートの浮実も気が効いている。
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◎「鱸と壬生菜のカダイフ包み 酢橘のソース」
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◎「三千盛と柚子のシャーベット」   
三千盛は二人が出会った岐阜の地酒。ここでシャーベットが出るのは、魚料理と次に出るメインディッシュの肉料理のつなぎとしての口直しらしい。

新婦のご両親がこちらの親族席にビールを注ぎに来てくださり、バイオリンの話から新婦のEさんが中学高校時代はブラスバンドでクラリネットに熱中していた話などをする。
はっと気付くとシャーベットが溶けかけているので慌てて食べ・・・、写真を撮り忘れた。

◎「特選牛フィレ肉のステーキと挽肉と椎茸ファルシ九条葱のブレゼ・紫芋のクロケットと共に」
椎茸は岐阜産、葱は京都。
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◎「プリン・トンカ豆のアイスクリーム・イチジクのタルト」
トンカ豆というのはどういう豆なのか知らないが、不思議なこくと香りのあるアイスクリームだった。
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二人の子供時代からのスライドや、両親と一緒のキャンドルサービスなどさまざまな企画で宴を盛り上げ、滞りなく披露宴が終わった。二人は年末にイタリアに新婚旅行に旅立つそうだ。

兄一家と別れて近くの美術館に行った。息子は市立美術館の二期展へ。小学校のときに習っていた絵の先生のご主人が出品していると案内をいただいたのを東京で見逃していたが、京都への移動展で見ることができた。私は向かいの近代美術館で常設展を、娘は仕事が気になって、カフェでお茶を飲みながら生徒にやらせる課題作りをしていた。

◎近代美術館4階のロビーから向かいの市立美術館を見る。平安神宮の鳥居の大きさが際立つ。
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披露宴のあとは南禅寺で紅葉見物・・・などと計画していたが、雨も降り、荷物の重さにも辟易していたので、美術館を出てすぐ京都行きのバスに乗る。
ところが大変な渋滞で京都駅まで1時間半くらいかかった。満員バスで立ちっぱなし。シーズンの京都見物は苦行ともいえる。
それでも新幹線の時間の1時間前には京都駅に着き、お土産も買うことができた。

◎新幹線の中で食べた駅弁。若い二人の幸せを祈りながら帰路につく。
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by pataponm | 2009-11-25 12:54 | 近場のおでかけ・旅行  

京都へ ~甥の結婚式 1~

甥の結婚式に列席するため、私、娘、息子の3人で京都へ行った。
せっかくの機会だから前日は観光を楽しもうと、気合を入れて21日早朝5時半に起き、8時の東京発新幹線に乗り10時半に京都に着く。

◎「わぁ、京都タワーだ」京都駅に降り立って早速カメラを手にしたら、娘が「今どき京都タワー見て、わぁ、なんて言う人は中高年だけだよね」と冷やかに言った。
中学校の修学旅行で見た青白く光る細身の美しい京都タワーの印象は、初めて東京を遠く離れた感慨と共に強く残っているのだ。
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紅葉シーズン真っただ中の11月、しかも3連休の中日とあって1ケ月も前に宿の手配をしたのに京都市内には見つからず、新大阪から地下鉄で2駅というところのホテルを予約してあった。でもまあ、駅のコインロッカーに荷物を預けて観光すればいい・・・、と軽く考えていたのがとんでもなかった。
通路に見渡す限り並んでいる何百というコインロッカーはすべて使用中、観光案内所で手荷物預かり所を聞き、来た道を戻って行ったら長蛇の列、しかもその最後尾に「ここで締切」の札を持つ係員が。
ロッカー探しに無駄な時間を費やした揚句、仕方なしに旅行用スーツケースにバッグ、明日の披露宴で演奏するバイオリン、息子はスーツの衣装袋を手にしたまま、バスに乗った。バスターミナルも人でごった返していて係員がハンドマイクで整理していた。

大学で彫刻を勉強している息子の希望で三十三間堂へ。無料のロッカーがあり、荷物を預けることができてほっとした。
中央の巨像(中尊)を中心に左右に各500体、計1001体の観音像は、中学校の修学旅行で見学したものの中で最も強く印象に残っている。「この中に必ず1体、あなたと同じ顔をした観音さまがいらっしゃいます」とガイドさんが言っていたが、私は内心「みんな同じ顔だ」と思った。
しかし今回もう一度見ると、一体一体本当に顔が違った。現代的な顔もあれば古風な顔もある。男に見えるものがあれば女に見えるものもある。けれどやはりどの顔も下ぶくれの「観音顔」で、自分と同じ顔は見つからなかった。
千手観音を守るようにところどころに置かれている雷神風神、様々な仏像たちもよかった。中でも驚いたのは、信心深い老婆や市井の物売りだか旅人だかを形どった像だった。仏像たちが型にはまった作り方だったのに比べてそれらの像は指の先まで写実的でかぶっている布の質感や苦悩の表情など、モダンの彫刻にも通じるものだった。
何故当時、一般の人々をモデルにした彫刻というものがなかったのだろう。「像」は常に宗教と密着していて、拝むものであり、そこらの下賤の人々を像にしようなどということは考えてもみなかったのだろうか。「芸術」という概念が存在しなかったのかもしれない。仏像を刻む人は僧であり職人であり、芸術家ではなかったのだ。

◎三十三間堂の外観。1164年に平清盛によって造られたがその後焼失し、1266年に再建された。それから700年以上の間保存されている。観音像を見て回りながら、建物に使われている木材の歴史を思い、ときどき柱をなでてみた。
外から見るとこんなに長い建物だったのかと思う。120メートルあるそうだ。
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◎三十三間堂の脇にあった「夜泣泉」。清水が湧きだす音がすすり泣きに聞こえたことからついた名だそうだが、いつしか地蔵が置かれ子供の夜泣きにきくと人々が参るようになったという。今も湧いている泉なのだろうか。
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昼食は、京都駅に戻って駅ビルの蕎麦屋で食べた。ガイドブックに紹介されているのは京料理ランチ5000円というものばかり、探して歩くよりは・・・、と簡単に済ませた。
それから奈良線に乗り、興福寺や奈良の博物館に行きたいという息子はそのまま奈良へ、私と娘は宇治で降りた。
奈良線の駅名は京都を出ると東福寺、稲荷、桃山、六地蔵、宇治と続く。みやびな駅名だ。お寺に詣でて稲荷寿司を食べて桃山(という名のお菓子がある)を食べて最後は宇治茶、という古都観光の物語まで浮かんできそうで楽しくなってくる。

私と娘は平等院へ行く。なんとここはロッカーがなかった。しかも拝観ルートには砂利が敷き詰めてあるため、スーツケースを転がすわけにいかず、持ち上げて歩かねばならなかった。披露宴のための衣装やくつも入っているので重い。

◎横から見た鳳凰堂。600円の入場料を払って入ったのに、ここでも300円かかるというので、まずは正面からの外観を見ることにする。
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◎正面から見た鳳凰堂。「あー、10円玉だぁ」と娘。5円、50円、100円の図柄は変わった記憶があるが、10円玉の鳳凰堂の図柄は何十年もずっと変わっていないのではないかと思う。
平等院は1052年、藤原頼通によって建立された。京都の社寺は、700年、1000年というスケールだ。埼玉のそこらへんの社寺とは迫力が違う。
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宝物殿にあたる鳳翔館を見学する。梵鐘、鳳凰堂の屋根にあった鳳凰(これは10円玉よりぐっと上ランクの1万円札に使われている)、雲中供養菩薩など国宝が数多く収められている。
すると、外の鐘撞き堂にあった梵鐘や、屋根の上の鳳凰はレプリカなの?
雲中供養菩薩は、雲に乗って舞を舞ったりさまざまな楽器を奏でている52体の仏像群。本当に空を舞っているかのように壁にディスプレイされていて幻想的だった。楽器は雅楽で使われているようなものから琴のようなもの、いろいろな打楽器等、平安の時代にこんなに多様な楽器があったのかと興味深い。
残念なのは、展示室の照明があまりにも暗かったことだ。懐中電灯が欲しくなるくらい。光が保存のためにそんなに害になるのだろうか。
三十三間堂も暗かった。それなのに祈念のために参拝者が供えたろうそくが何百も灯っていて、これのすすの方が問題なのではないかと思った。

◎鳳翔館を出たところの庭。鳥の巣か、寄生植物か、面白い形の枝ぶりの木があった。
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本尊阿弥陀如来坐像は、鳳凰堂の中にあるということが分かって、やはり300円払って見ようと戻ったら時間切れ。残念でした。
近くに源氏物語ミュージアムがあったが、駅と反対方向へ徒歩10分、そこから駅へ戻れば20分、両手の大荷物を考えると気力が湧かず、諦めた。
「源氏物語の宇治十帖って、あんまり好きじゃないんだ」と娘が言う。登場人物がみなうじうじしているからだそうだ。紫の上も明石の君も毅然としているのに、宇治十帖に出てくる浮舟はなよなよっとして運命にもてあそばれているだけだとか。うじうじって言葉、宇治十帖から来たのかしら?

◎宇治川に建つ「紫式部像」。ちょっと少女漫画的雰囲気・・・。
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◎宇治川の流れは速かった。この川に浮舟は身を投げたのだ。
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◎京都の橋の欄干は、みなこの形なのだろうか。牛若丸が出て来そう。
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宇治駅まで、土産物店が並ぶ細い道が続く。古風な建物の有名な茶店があったが外まで人があふれていたので入らなかった。
そのまま新大阪から地下鉄2駅の八坂のホテルまで行き、別行動だった息子と落ち合う。夕食は町に出て、サラリーマンが行きそうな定食屋と居酒屋の中間のような店に入って食べた。でも和風の定食は胃にもたれなくていい。
大荷物をひきずりながら不案内な京都観光、効率的とはいえないし疲れたが、楽しかった。
明日は結婚式だ。
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by pataponm | 2009-11-24 12:48 | 近場のおでかけ・旅行  

今日のタビィ <タビィベッド>

タビィベッドと名付けたタビィの寝床、大のお気に入りになって一日10時間くらいここにいる。

◎眠っているときだけでなく、瞑想 ? にふけるときもここに来る。
「落ち着くんだわー、ここ。」
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◎天蓋があるベッドでお姫さま気分?
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◎心から満足のご様子。明日からお父さんと二人だけのお留守番、大丈夫そうだね。
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by pataponm | 2009-11-23 11:37 | ペット  

マロンの散歩道

実家に帰ったときは、必ずマロンの散歩をする。父は腰が悪いので月に一度町の銀行に年金を下ろしに行く以外はほとんど外出をしない。まして犬に引っ張られての散歩などは無理だろう。
父は「散歩の必要はないよ。いつも庭を駆け回ってるんだから」と言うが、息子は「おじいちゃんはああ言うけど、マロンの喜びようを見たらとてもそうは思えないね」と言って、来るときは必ずマロンを散歩に連れ出してくれる。

◎リードをつけると嬉しさのあまり「キャンキャンキャンキャン」と鳴きながら走り始める。とてもマロンの速さにはついて行けないので首輪が喉を締め付けることになって、途中から「ゲホゲホ」言いだすが、それでも勢いは収まらない。
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◎しゃがんで写真を撮っていたら振り向いて「なにしてるの。早く行こうよー」
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◎これは中学生のときの通学路。東京目黒の中学から3年生のときにこの山里の中学校に転校した。この通学路を歩くのは大好きだった。当時は道は舗装されていない土の道で雨のあとにはひどいぬかるみになった。
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◎今も小中学校の通学路らしく、下校時間なのか、たくさんの子供たちとすれ違った。道を出たところには黄色い旗を持ったPTAの方が子供たちを見守っていた。
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◎マロンに自動車やたくさんの人を見せてやろうと思って、いつも街道に出る。はねっかえりマロンは少しおとなしくなり、私の横を歩くようになる。ときどき確認するように私の足の匂いを嗅いだり顔を見上げたりする。
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◎中学生のときは、友達とこの通りに出てアイスクリームなどを買い食いするのが小さな冒険だった。
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◎駅の近くに行ったとき、電車が通ったらマロンはびっくり、飛び上がって私の後ろに隠れた。リードが私の足にからみついた。
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◎今日の散歩も楽しかったね。
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by pataponm | 2009-11-22 11:33 | ペット  

言葉にまつわる恥ずかしい思い出

小学校4年生くらいだったろうか、お隣に届け物を持って行かされたことがある。
「父の写生旅行のお土産です」と言って渡しなさいと言われた。道々口の中で何度か練習して行ったのだが、いざ渡すときになったら、
「ちちなしゃしぇいろこうのおみやげです」になってしまった。ほとんど意味不明である。その後の記憶はないが何度も言い直した覚えもないので、きっとおばさんはそのまま受け取ったのだろう。お隣のおじさんは大工の棟梁で、いつも若い衆がたむろしている家だった。そのときも若い大工さんが畳の部屋に2、3人寝転がったりしていて、私がしどろもどろになるのを半分笑ったような顔で見ていたのだけははっきりと覚えている。
それにしても、10歳の子供にこの込み入った口上は酷だと思う。ためしに「父の写生旅行」と3度繰り返して言ってみてほしい。

小学校5、6年のときに近所の学習塾に通っていた。5年生最後の日に塾に行ったら先生が
「今日で5年生もおしまいね」と言ったので「はい。修了証書をもらいました」と答えるつもりが
「領収書をもらいました」と言ってしまった。
先生は、体をくの字にまげて顔を真赤にして笑った。私はその塾をやめたくなった。

中学生のころ、友達の家に遊びに行くと家の人はほとんど顔を出すことはなかった。友達の部屋で話しているとドアの外から「OOちゃん、おやつ」と言う声がして廊下にお盆が置いてある・・・、帰ろうとすると台所の方から「また来てねー」などと声がする・・・、そんな感じだったので、家の人と改まった挨拶をしたことなどはなかった。
ところがYという友人のお母さんはとても丁寧な人で、子供の友達も大人のような扱いをする人だった。玄関まで出迎えて正座して「いらっしゃい」などと挨拶されるので私はものすごくアガってしまった。
帰り仕度をしていると「もうお帰りですか」と出て来られたので、「おじゃまします」と「おいとまします」と「おじゃましました」が頭の中でぐちゃぐちゃに混乱して「はい、そろそろおじゃまします」と言ってしまい、言ったとたんに間違ったと気づいてますますアガってしまった。
それからお母さんが玄関先で見送りながら「何のおかまいもできませんで」とおっしゃるので「どうもごちそうさまでした」を10回くらい繰り返しておじぎしながら玄関のドアを閉めた。閉めたとたん、お茶と森永のマリービスケット数枚しか出されなかったことを思い出し、あてつけを言ったと思われたのではないかと、何日かの間気に病んでしまった。

高校の体育祭のとき、水飲み場で手を洗っていたら、ちょっと気になっていた先輩が近づいて来て「このハンカチ、使っていい?」と私のハンカチを指さして聞いた。私は内心うろたえながら平静を装って「いいですよ」と答えようとしたが、それではお高くとまった感じがしないかしらと思い直して「どうぞ」と言おうと思い・・・
「どうですよ」と言ってしまった。
先輩がどんな顔をしたか、恥ずかしすぎて顔をそむけていたので見ていない。

◎11月14日の西の空。恥ずかしい思い出って、ときどき池の底から浮かび上がる小さな泡のようにぽこっ、ぽこっと浮かんで来る。10歳のときの「お隣」のおじさんもおばさんも、とうに亡くなっているのに・・・。
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by pataponm | 2009-11-21 16:34 | 言葉  

今日のタビィ  <小康状態のころ>

絶食状態からようやく自力で食べるようになり、少し元気になったころの写真。水のような下痢はまだ続いていた。

◎娘が、3年前にノルウェーで買って来たトナカイの毛皮を屋根裏から下して来て自分の部屋に敷いたら早速近寄って来る。毛皮は、首のあたりに鉄砲の跡なのか、二つの穴があいている。
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◎毛皮の周囲をぐるぐる回って上目使いで警戒心いっぱいの様子。上には絶対に乗ろうとしない。無理に乗せるとすっ飛んで逃げる。「けっこう獣くさい匂いが残ってるから」と娘。
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◎勇気をふりしぼって端っこにかみついた。少しずつ大胆になって何度もひっぱるので、とうとう娘に部屋を締め出された。
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◎これに入れられて車に乗せられた。知らないところに連れて行かれて私たちから引き離された。ケージに閉じ込められてひどいことされた・・・。中でおしっこももらしちゃった。
なのにどうしてお気に入りで自分から飛び込むの?
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◎5月生まれで冬を知らないタビィ、寒くなって来たのでベッドを買ってやった。袋から出したとたん、ずっと前から自分の物だったかのように迷わず入り込む。
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◎めちゃくちゃ気に入ったらしい。「こういうのほしかったの」
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◎タンスの上を定位置にしたらすぐ入って来て、フリースのクッションをもみもみしながらすーすー眠ってしまった。
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◎息子にだっこ。いつもの「おにいちゃんにはかみついちゃう」パターンにはならず、うとうと。体がだるいのか、遊び方にも今ひとつ、突っ込みが足りない。
「お腹の調子がよくないのよ」
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by pataponm | 2009-11-20 16:37 | ペット  

今日のタビィ

里親会の I さんが、タビィの入院中、病院に通って写真を撮ってくださったので、フォトアルバムから流用させていただいた。

◎ケージから不安そうに外を伺っている。腰のあたりを見ると体重が落ちているのが分かる。
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◎Wさんから届いた臨場感あふれる携帯写真に比べると落ち着いているように見えるが、怒って鳴き続けていたらしい。
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◎手術後は、兄弟の空くんとの対面も果たした。「フー」と威嚇したらしいが・・・。
空くん、目がきりっとつりあがって面長で、歌舞伎の新之助みたいなイケメンだ。
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by pataponm | 2009-11-20 12:05 | ペット  

今日のタビィ <受難>

入院、手術、家と家族から引き離される・・・という一連の経験がよほどの打撃だったのか、退院後、タビィはエサをほとんど食べなくなってしまった。抱いて手に乗せてやれば少し食べる。カリカリがいやなのかと思って生鮭を買って来て茹でてやったら、また少し食べた。
しかしその直後、全部吐いてしまった。猫はよく吐くというがタビィにとっては初めてのこと、「キュッ」というような声を出してぴょんと跳び上がり、自分の嘔吐物の匂いを恐る恐るかいで後ずさりした。
そして、次の日から全く食べなくなった。エサ皿の前に連れて行くと匂いは嗅ぐが、おう吐物を思い出すのだろうか、怯えたように後ずさりして逃げてしまう。水も飲まない。

翌朝、トイレに行ってうろうろしていたが、ふとんをたたんだあとのマットレスの上に行って爪とぎのように激しくひっかいたと思ったら、そこで大量の下痢をした。トイレ以外の場所でしたことがないのでびっくり。
吐き下しで水も飲まないのでは、小さな体がひからびてしまうと、4日目に近所の動物病院へ連れて行った。
手術前は2.2kgあった体重が1.7kgになっていた。背骨や腰の骨が浮き出している。入院中もほとんど食べなかったというから、絶食期間は1週間くらいになるわけだ。
血液検査をしたら内臓や血液には異常がなく、脱水症状だけが認められた。点滴をするとまた入院になるので、皮下注射で100ccの点滴液を注入、下痢止めの注射もしてもらった。タビィは針一本刺すのでも、獣医さんが驚くほど暴れた。相当過敏になっている。

「今日はあまり運動させないで」と獣医さんに言われるまでもなく、家に連れ帰ったタビィはくったり寝てばかり、点滴液で背中にぽっこりこぶのできたひょろひょろのタビィを抱いて、いったいどうしちゃったんだろう、と途方に暮れ、Wさんに相談のメールをしたらなんと「明日行きます」との返事。

翌日、Wさんは高速道路を飛ばして2時間近い道のりを駆けつけてくれた。病気の犬猫用の高カロリー食を薬と一緒に針のついていない注射器に入れ、これを口から強制注入するというのだ。
Wさんは、タビィをつかまえると、ひざとひじを使ってはがいじめにし、左手で頭を押さえ、押さえた手から伸ばした指でタビィの口をこじあけ、右手に持った注射器で少しずつ流動食を喉の奥に入れて行く。激しくもがいて抵抗されると、洗濯ネットにタビィを入れて首だけ出してさらに食べさせる。すごい手際。
タビィはもがきながらも缶詰4分の1缶分くらいの分量を飲み込んだ。
お腹がいっぱいになるといい気なもので、タビィは満足そうに顔なんか洗い始めた。動物病院で注射を打つのでなく、「食事」ができた、という安心感で私もほっとする。
「もう心配で心配で」とおっしゃるWさんは、その思いだけでタビィのためにここまでして下さるのだ。本当に感謝してもしきれない思いだ。Wさんは、高カロリー食2缶と薬、注射器などを置いて行ってくれた。

翌朝、起きるなりタビィはエサ皿に行って自分から食べたので一安心、と思ったがそれきりまた食べなくなった。しかも、マットレスの上にまた下痢をした。慌ててトイレに運んだが少し汚される。丸洗いして日に干したのだが匂いが残っていたのだろうか。
何日か続けて、見よう見まねでWさんの「栄養食強制注入」をやった。胃に入るとその刺激でか少し自分で食べるようになるがすぐまた絶食する。
ようやく自分で必要なだけ食べるようになったが、下痢はなかなか治らなかった。トイレでしてくれるようにはなったが、水状の下痢を1日に2、3回するのが続いた。

明日から甥の結婚式で京都へ行く、というぎりぎりの日になって、やっと下痢も治り、エサも取り戻すようにがつがつ食べるようになってほっとした。手術してから完治まで2週間。長かった。

◎つらい間の写真は撮れませんでした。
手術入院前日のタビィ。置物状態でくつろぐ。模様も形も完璧な左右対称。真中に鏡を置いても同じになりそう。
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by pataponm | 2009-11-19 10:24 | ペット