<   2011年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 

軽井沢  <雪道の足跡>

◎軽井沢で有名な丸山珈琲店に行く。元はペンションだったそうで、玄関は民宿のような雰囲気、スリッパが揃えられている。靴を脱いで上がるのだ。
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◎コーヒーは専用のポットでプレス式で淹れる。ドリップ式より少し濁った色になる。ポットごと出てくるのでたっぷり2杯飲めるのがいい。
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◎Ogosso (おごっそ)で昼食。
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◎親子丼が美味しいので有名なお店だが、新メニューの「あんかけラーメン」をオーダーした。升酒みたいに、お盆に思いっきり溢れさせて供される。「うわっ」と、思わずのけぞりました。味はとてもいい。
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◎野鳥の森へ行く。一面の銀世界。
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◎浅間山が林の中に美しく映えるスポットに出る。
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◎見ている間にぷっくん、と新しい噴煙が出て来た。このくらいの噴煙ならかわいいものだが、大噴火の可能性をも秘めている浅間山なのだ。
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◎道々、いろいろな動物の足跡をみつけた。
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◎これは、ネットの画像検索でイノシシの足跡だと分かった。
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◎これは不明。
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◎これは鳥でしょう。
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◎これは?
はい、すみません、私の足跡でした。
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◎冗談はさておき、これは間違いなく動物たちの作ったけもの道。何匹もの動物たちが同じ道を辿って水場に向かっている。途中二股に別れているのは、先着の仲間がいたので横にそれたか。
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◎鳥? ネズミ?
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◎タヌキではないかしら。キツネの足跡は、ネットによると真っすぐ直線上に並ぶのが特徴のようだ。タヌキはよたよた、キツネは気取ってつんつん、かな?
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◎イノシシの足跡。指?を開いて用心しながら石段を上がって行った様子。
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◎木の枝にとりついたキモいキノコ発見。「キモいもの見つけるとなんで写真撮るの」と夫に言われた。
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◎川沿いの道を行く。動物の足跡が入り乱れて続いている。まるで動物たちとあとさきになって楽しく散歩しているみたい。
早朝や深夜に歩けば彼らに会えるのだろうか。熊さんだけは会いたくありませんが・・・。
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◎山小屋は水止めしているのでお茶も飲めないが、お菓子と牛乳を買ってちょっとだけ寄る。
近くの湧水岩の氷柱が巨大なものになっていた。湧水は岩の隙間から絶え間なく流れているが、水量はちょろちょろで、近づいてみると岩が濡れているのでそれと気づく程度なのだが、いったんできた氷が氷を呼び、氷の上に氷が被さり・・・という感じでどんどん肥大してここまでになったのだろう。夜間ライトアップでもすれば、ちょっとした観光名所に?
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◎ツルヤに買い物に行く途中、風越公園に最近できたスケートリンクを見る。
小さい子供たちが、スピードスケートの選手みたいにフォームも素晴らしくびゅんびゅん滑っていた。さすが軽井沢の子ども、です。
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by pataponm | 2011-01-23 15:51 | 軽井沢  

乙女ちゃんとタビィ

◎乙女ちゃんとタビィのお食事タイム。乙女ちゃんは立って、タビィは座って食べている。
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よく見ると、タビィは前足のひじ(?)をぐっとまげている。
もしかして・・・、乙女ちゃんは手足が短め・・・?
ごめん、乙女ちゃん。でも手足の短いずんぐり体型が乙女ちゃんの最大の魅力です。

◎乙女ちゃんの寝姿。本物のムートンラグで優雅にお休み。
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◎タビィは、かまくら型の猫ベッドでうつらうつら。
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いつの日か、二匹を対面させるのが夢だけど、「猫ぎらい」のタビィの反応を想像すると無理でしょうねぇ。
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by pataponm | 2011-01-22 11:51 | ペット  

カンディンスキーと青騎士展

◎丸の内の三菱一号館美術館に「カンディンスキーと青騎士展」を見に行った。
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「青騎士」は、1912年にカンディンスキー(1866-1944)が若い芸術家たちと創刊した芸術年刊誌の名前で、その周辺に集まった仲間たちの芸術サークル。
活動期間は、第一次世界大戦までのわずか3年ほどだが、後世に与えた影響は大きく、現代芸術の重要な先駆けとなった。

カンディンスキーといえば、宇宙に舞っている極彩色のゴミみたいな絵を描く人と思っていたが、青騎士時代の絵はペインティングナイフで厚く絵具を塗り重ねる手法で描かれた具象画だ。対象を忠実に描写するよりは、イラスト的に情景の雰囲気を描き出していて、構図や色のバランスが素晴らしかった。
青騎士の仲間の一人ミュンター(1877-1962)という女性は、カンディンスキーのパートナーとなった人だ。この時代の二人の作品はどちらのものか区別がつかないくらいよく似ていて、互いに強い影響を受けたことがうかがわれる。
会場のパネルのカンディンスキーの略歴によると、カンディンスキーは既に結婚していて妻とは別れることができず、二人は同棲してドイツ国内を転々として暮らしたという。
二人の芸術活動は展示会場に次々と紹介されていくのにカンディンスキーの「妻」のことは一切出て来ないことが、一緒に見ていたKさんと私には気になった。
芸術家って、価値ある芸術作品を残せばどんな私生活を送っていたとしても不問に付されてしまうのだ。「それって、(女性として)なんかねー」
どうやら私たちは二人とも、「妻」の側に立って物を見ていたようだ。

「ミュンター」の側に立って見れば、そこにも同情すべき面はある。
10年間そんな生活を続けたのち、カンディンスキーの方から一方的に決別したのだ。一説には、カンディンスキーがこれ以上ミュンターの作風の影響を受けることを拒否したためとある。
ミュンターはカンディンスキーが去ったあとも、音沙汰ないのは彼がロシア革命の混乱に巻き込まれているためだと信じ、彼が戻るのを待ち続けた。しかし彼は芸術活動を続けていて、しかも別の女性と結婚していた。それを知ったミュンターは、鬱病になり絵筆をとることも少なくなったという。

こんな仕打ちを受けながらも、ミュンターはカンディンスキーの死後、膨大なコレクションを自宅の地下室に大戦中も守り続け、戦後ミュンヘン市に寄贈した。

◎美術鑑賞のあとは、三菱一号館内にある「Cafa 1894」へ。
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◎三菱一号館は、保存建築ではなく再現された建物だが、当時の銀行を模したカフェは、銀行窓口までそのまま再現されている。
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◎カフェのメニューには、開催中の展覧会にちなんだメニューがある。
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◎週替わりケーキプレートをオーダーした。たのしい。
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◎昔の建物には趣がある。銀行でさえ窓や柱に装飾が施され、優雅な雰囲気だ。こんな銀行に口座を作ったら、資産家になったような気分になれるだろう。
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by pataponm | 2011-01-21 22:49 | 近場のおでかけ・旅行  

今日のタビィ <恐怖の白猫>

◎タビィがいつもの定位置から外を眺めていて、突然ものすごい声で鳴いた。「むわおぅ、わおぅ、うぎぁおぅ」なんとも形容し難いすごい声。しっぽがふとい。
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◎何かいるのかな、と思ってレースのカーテンを開けてやると、くわっと背を丸めてしっぽをさらに太くし、背中の中心の毛を一筋ついーっと逆立てて、耳をつんざくような声で「ぎゃあぁぁぅ」と叫んだ。
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◎それから、ガラスで隔てられているにも関わらず、まるで怪物に飛びかかられでもしたかのように身を縮め、耳を寝かせて今まで聞いたこともないような鋭い声でまた叫ぶ。
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◎外を見たら、恐怖の相手はこの白猫でした。タビィの狂乱に動じもせず、静かにじーっとタビィを見つめ続けている。タビィはなおも叫び、爪は布を引き裂くのではないかと思うくらいソファに食い込んでいる。
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◎あまり興奮するので、外に出て白猫を追い払った。白猫は、私を見ても慌てず、のそっと道路の方へ出て行った。
やれやれと家に入ったら、タビィはやっぱり激昂している。よく見ると、白猫はまた少しだけ戻って来て、テラスの柵の向こう側に潜んでいるのだ。見えますか。タビィには見えている。
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◎このままではタビィの気が狂ってしまうのではないかと心配になって、カーテンを閉めてしまった。それなのに、タビィは自分でカーテンを開けて怖いもの見たさでなおも外を見ては鳴く。
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◎そしてバーチャル攻撃を受けて身を沈めてぎゃー、という。爪はむきむき、しっぽはむくむく。
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◎柵の向こうにいるんだから、そんなに怖がらなくても、と覗いてみたら、白猫は柵の向こうにはもういなくなっていた。ふっと下を見たら、わっ、真下に座って氷のような目でじっと見上げていました。
目が合ったとき、私も思わず「うぎぁおぅ」と叫びたくなった。
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by pataponm | 2011-01-12 11:26 | ペット  

ある日の乙女ちゃん <毅然とした乙女の姿>

◎S邸のベランダ「天空庭園」にアロエの花が咲いた。ドコモタワーと競い合うかのようにすっくと伸びる真っ赤な花。
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◎乙女ちゃんを探してテーブルの下をそっと覗いたら、こんな「乙女」らしからぬ格好で身づくろいに没頭している。
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◎「乙女ですが。なにか。」
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◎ハイっ、ごめんなさい。どんな格好をしても、乙女は乙女です。その姿には常に気品と自信が漂っています。
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by pataponm | 2011-01-09 11:39 | ペット  

ソルフェージスクール

「楽の音は海をこえて」(三修社 1998年発行)を読んだ。戦前にニューヨークのジュリアード音楽院に学んだバイオリニストで後にソルフェージスクールを開校した大村多喜子の半生と業績を、ジャーナリストの早崎えりなが多喜子本人から聞き取ったり本人が書いた文を織り交ぜたりしながらまとめたものだ。

音楽仲間のSmさんがソルフェージスクールの講師をしていることやSsさんの姪御さんが校長先生の奥様と中学の同級生だったことから息子さんをスクールに通わせた、そんな身近なつながりから親しみを感じて読み始めた本だったが、つながりは、思いがけない方向へ広がっていった。

大村多喜子は、アメリカから引き揚げる船上で建築家吉村順三と知り合って結婚した。吉村順三は箱根ホテル小涌園、愛知県立芸術大学、奈良国立博物館新館、八ヶ岳高原音楽堂など数多くの建造物の設計を手掛けた日本を代表する建築家だ。もちろん妻である多喜子のソルフェージスクールも設計した。
その吉村順三に夫は以前から関心を持ち、Ssさんらと軽井沢に行ったときに吉村の別荘を外観だけ見に行った。そのとき、Sさんから「大村多喜子のお父様は満鉄総裁で、自分が満州にいるときに最期を看取った」という話を聞いてびっくり。

別のある日、夫が急に「何十年も前に目白にある建物の2階で室内楽の練習をしたことがあったけど、あれはソルフェージスクールだったのではないか」と言い出した。なんとなく、勘だと言う。
場所をとってくれたのが音楽仲間の一人Mさんで、彼のお姉さんが確かソルフェージスクールの講師をしていた、というのも「ピン」ときた誘因の一つだ。Mさんにメールで聞いてみると、正にあれは吉村順三設計、大村多喜子校長のソルフェージスクールだった。当時1歳の娘を床に敷いたベビー布団に寝かせて練習したのを覚えている。
さらに驚いたことに、そのMさんの自宅は吉村順三設計事務所の設計で建てたもので、吉村氏も何度も足を運んだというではないか。

本を読んでいる間にこのようなつながりが次々と浮上してきて面白い面白いと思っていたのだが、さらに読み進むうち、私自身も大村多喜子とのつながりがあるということが分かってきた。
多喜子はアメリカ留学から戻って、日本国内での演奏活動を始める。その記述の中で「国立作曲研究会」の依頼でコンサートを開き、邦人作曲家の曲を演奏したという話が書かれていた。「国立作曲研究会」は、深井史郎ら日本の作曲家数名が中心となったグループとあり、その中心人物の中に作曲家だった私の祖父の名前があった。多喜子は、コンサートのたびに邦人作品を1曲は演奏するようにしていたという。
「へえ、すると大村多喜子はもしかしたらおじいちゃんの曲を演奏したかもしれないんだ」
などと思いながらなおも読み進むと、多喜子が数名の音楽の専門家らと協力仕合ってソルフェージスクールを創設したという下りで、宅孝二という名前が出てきた。
この名前には聞き覚えがある。私は小学生のころソルフェージを習っていたが、確か母がその教室は「宅孝二さんが作った」と話していた。
すると、あの教室はもしかして、ソルフェージスクールだったのかしら・・・。
私は、それまでほとんど思い出すこともなかったソルフェージ教室のおぼろげな記憶を辿り始めた。

子供のころ、市ヶ谷にあるソルフェージの教室に1年ちょっと通った・・・。亀井さんというバイオリンの上手なお姉さんがいて憧れていた・・・。先生はザンバラ頭のおばさんで、そうだ!「おおむらせんせい」といった!

そこまで思い出してもまだ半信半疑。なぜなら、ソルフェージスクールの校舎は目白にあるはずなのに私が通ったのは市ヶ谷だ。
その謎はすぐに解けた。創設当初の5年ほどは市ヶ谷の洋裁学校のビルを間借りして週末だけレッスンしていたと書かれていたのだ。そうそう、洋裁の仮縫い用のトルソーが教室にいくつも置いてあったっけ。
あこがれのお姉さんだった亀井さんの名前も出てきた。本の終わりの方でスクールの修了生の寄稿があり、その中に亀井由紀子さんという人が一文を寄せている。あのお姉さんに違いない。亀井さんはハイフェッツに招かれてアメリカに行き研鑽を積んでバイオリニストになったそうだ。

もう間違いない、私は初期のソルフェージスクールで大村多喜子さん本人からソルフェージを習っていたのだ!
軽い感動を覚えながら、改めて本の中の多喜子の写真を見たら、中年期以降の写真は確かに見覚えのある顔。「そうそうそう、こんな感じの人だった。そうそう、間違いなくこの人よ!」と私の記憶は確信に変わったのだ。

なんとも大ボケな話だが、私はソルフェージを習っていたことは覚えているが、学校名を忘れたと思っていた。「ソルフェージスクール」という、あまりにも「まんま」の名前なので、まさかそれが学校名とは思わなかったのだろう。洋裁学校の間借りだったから、ビルに「山脇洋裁学院」という校名は出ていても、ソルフェージスクールの看板のようなものはなかったと思う。私はただ、「ソルフェージに行く」と言って毎週末に市ヶ谷に通っていたのだ。

大村先生のレッスンは、コールユーブンゲン(多分)の視唱が中心だった。ドレミで歌うのだが、移動ドではなく、常にCをドと読み、シャープ ♯ がつくと音名の語尾に「イ」がつき、フラット♭がつくと語尾に「ウ」がつく。つまり、♯ 3つのイ長調なら「ラシディレミフィスィラ」で歌い、♭3つの変ホ長調なら「ムファソルスドレム」で歌うのである。その後、ここで習ったような楽譜の読み方は聞いたことがない。これだと、絶対音感は身につくかも知れないが、移調はできるようにならないだろう。今でもソルフェージスクールの視唱はこの方式なのだろうか。
その他に、作曲のレッスンもあり、与えられた4小節の動機を二部形式の曲にするというのをやった覚えがある。聴音も少しやった。和音の聴音は全くできず、幼稚園くらいの子が和音を聴くや五線紙に巨大な全音符をぐりぐり書いていくのを見て圧倒された。それから広い部屋で年長の生徒も一緒にアンサンブルもやった。亀井さんの演奏に聴き惚れたのもそのときだろうと思う。視唱以外のレッスンはそれぞれ違う先生だった。

◎忘却の彼方にあったソルフェージスクールの記憶が読むにつれて蘇えってきたという面白い体験ができた本「楽の音は海をこえて」
大村先生は90代でまだお元気だという。私のことを覚えているはずはないが、お会いしたいような気もする。当時は歌を教える先生、と思っていて、バイオリンを習っていた私が大村先生がバイオリニストだということを知らなかった。この本を読んで初めて、ジュリアードにまで留学した人だということを知ったのだ。
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by pataponm | 2011-01-08 21:19 | 音楽  

新年会

音楽仲間5人で新年会をする。

◎会場は、新宿のホテルセンチュリーサザンタワーの19階にある日本料理店「ほり川」。眼下に新宿高島屋や紀伊国屋を見下ろし、新宿御苑の向こうには高層ビル群も眺められる素晴らしい展望。
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◎遠景には、あとはアンテナ部分を残すのみのスカイツリーも見える。完成後の高さは634m。「ムサシ」と覚えればいいと、何故か英語の先生に教えてもらって頭に定着した。
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◎まずはシャンパンで今年の幸を祈って乾杯。
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◎普段は滅多に食べられないランチをいただく。お好み御膳。天ぷらの中味は蟹でした。
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◎ランチのあとは明治神宮へ。7日ともなると人出はそれほどでもないが、「代々木方面」「原宿方面」などの大看板やトイレの傍の「トイレはしばらくないので早めにご利用ください」などの注意書きなどが、賽銭箱にすら近づけない元旦の人出を想像させる。
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◎境内には絵馬を掛ける板に囲まれて巨大な楠の木がある。
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◎いったいどのくらいの樹齢なのだろう。
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◎東京の中心でも明治神宮にはこのような古木がいくつかあり、楠の木は本殿の両側にあって枝を伸ばしている。左側の楠の木は2本あるそうだ。
落ちている楠の葉を爪で傷つけて匂いを嗅ぐと、とてもいい香りがする。楠の葉は樟脳の原料になるそうだ。
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◎賽銭箱も巨大。よく正月のテレビで賽銭箱に近づけない人たちが遠くから賽銭を投げる様子が放映される。そのたびに、フード付きのコートを着てお参りしたらフードの中に小銭がじゃらじゃら・・・という妄想を抱く。
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◎広大な敷地内にはこんな雑木林の続く道もある。
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◎林の道を抜けると向こうに開けた所が・・・。
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◎こんなに大きな広場でした。高層ビルに囲まれた緑地。ニューヨークのセントラルパークを思わせる。私たちがランチを食べたホテルも見える(真っ白で薄いビル)。
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◎広場には明治天皇と昭憲皇太后が愛用した品が陳列されている「宝物殿」がある。
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◎池にはカルガモやオシドリがいた。
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by pataponm | 2011-01-07 11:31 | 近場のおでかけ・旅行  

軽井沢 <雪と氷の正月>

正月気分の抜けないうちに夫、私、娘の3人で軽井沢に行く。
快晴、関越道から雪化粧をした遠くの山なみが異常なほどくっきりと見えた。「谷川岳が見える!」と夫は興奮、予定変更して高峰高原まで足を伸ばすことにする。

◎小諸付近の高速道路から見た浅間山。ぐっと近くに見え、また違った表情。なだらかな稜線は富士山のようだ。
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◎高峰高原ビジターセンター。真新しい建物なのに、なんと1月10日をもって閉鎖という張り紙があった。
車の温度計で気温は-4度。外に出ると体感温度は思ったほどではない。
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◎車坂峠は銀世界。峰にスキーリフトが動いているのが見える。スキーヤーの姿もちらほら。たまにこちら側に滑って来てスキーの跡を残す。
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◎ビジターセンターの軒に巨大なつららがいくつも下がっていた。娘が1本折って来る。
「ちょっと待って、写真撮るから」 「は、早くして。手が凍る!」
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夫が期待したほどの山は見えず、一回りして帰ることにする。
娘と私は雪が見れたので満足。娘は買ったばかりのスノーブーツの威力を試して喜んでいる。でも、ときどきずぼっ、とひざまで雪に埋まってしまう。私も踏みしめ踏みしめ歩いていた足元がいきなり穴があいたようにずぼっといって、真横にばたりと転んだ。転ぶと雪の中でもがくばかりで立ち上がれない。夫に助け起こしてもらったらコートもバッグも雪まみれになっていた。
雪はパウダースノー。手にいっぱい取って雪玉にしようとしてもさらさらと落ちてしまう。

◎軽井沢に戻り、ツルヤで弁当を買う。スタンダードプードルがおとなしく主人を待っていた。今はトイプードルが主流だが、昔プードルといえばこれだった。裸の体に庭園の松みたいな刈り込んだ毛をぽこぽこ残すトリミングは奇妙で好きではなかったが、最近の自然なトリミングのプードルを見ると、こんなに可愛い犬だったのかと思う。
軽井沢では大型犬をよく見る。秋田犬、バーニーズ、ゴールデンレトリーバー、ドーベルマンなどなど。ダルメシアンやサルーキを見たこともある。旧軽の通りを大型犬連れて歩くのがステイタス・・・?
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◎別荘地の門を入り、小屋へと急な坂道を登る。途中の崖の湧水は見事に凍っていた。
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◎足元には球体の製氷皿で作ったような氷ができていた。どうしてこんな形になるのだろう?
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◎今年の干支、うさぎの足跡発見。「けん、けん、ぱ」の形だからすぐ分かると夫に教わって見分けられるようになった。でもどうしてこの足跡に? もしかして、向こうから来た足跡ではないかしら。跳ねて両足で着地、前足を前後につつ、とついたのでは?
ひとけのない別荘地に動物のものらしい足跡がたくさんあった。犬かな、と思っても山の方に消えているからタヌキ? キツネ? やたら大きな足跡は、よもや熊さんでは・・・。
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◎凍結防止の水止めをして水道が使えなくなった小屋で、買って来た物だけの食事をしたあと、凍っているのではないかと期待して白糸の滝に行ってみたが、全く凍っていなかった。
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◎白糸の滝の休憩所で鹿肉の肉まんを食べる。
ご当地限定販売の馴染みの菓子が棚に並んでいた。信州りんご味のプリッツ(愛知では赤だし、山形では枝豆味プリッツを見つけた)、信州巨峰味のポッキー、信州りんご味のきのこの山、大辛一味キットカット(どんな味?)・・・。
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◎旧軽銀座の裏通りにある諏訪神社へ初詣に行くついでにユニオンチャーチをのぞく。クリスマスの夜来たが、そのときと同じクリスマスの雰囲気を残していて、中では讃美歌が流れ、お菓子とおいしいホットアップルジュース(はちみつとりんごとレモンのような味)が「ご自由に」と置かれていた。
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◎諏訪神社。元旦には多くの参拝者が訪れただろうが、3日ともなるとほとんど人はいなかった。
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おみくじは、私は大吉で夫と娘が末吉。でも金運など書かれている内容は似たようなもの。私の「失せ物」は「出ます。近いところ」というものだったが、このあと携帯電話をなくしたと思って大騒ぎをした。車坂で転んだときに落としたと思いこんで青くなっていたが、家で充電したままだった。これっておみくじのお言葉通り? それともただの私のボケ?

◎テニスコート近くの駐車場に戻ると、1本の木の周りに人が集まって携帯カメラを向けていた。猫くらいの大きさのリスのような形の動物が不器用そうに木をよじ登っている。ムササビだ。見ていた人の話によると、向こうの木から飛んで来て地面に着地したあと木によじ登ったのだという。
初めて見た。どんどん高く登って行って、しっぽを背中の線に沿って丸め、うずくまった。飛べ、飛べ、と思ったがそれきり動かない。夜行性のはずなのに、正月ぼけか?
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◎珈琲館 丹念亭へ。大きなストーブの中で炭が赤々と燃えていた。
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◎コーヒーは豆から挽いてじっくりと淹れるので時間がかかる。だからか、テーブルには木のパズル各種が置かれている。本棚にマンガ本がぎっしり、というのはちょっと興醒め。
ブレンドコーヒーは、酸味が強く苦みもあり、個性ある味。8~10時間かけて淹れる「水出しコーヒー」も有名だ。アイスコーヒーなので、暖かい季節になったら試してみよう。
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これだけは外せない、ツルヤで買い物。店が近づいて来ると娘が「武者ぶるいしてきた」と言う。いつもほとんど満車の駐車場に車を止めて「いざ出陣!」
5日は籠城できそうなくらい買いました。

◎夕食は、ハルニレテラス向かいのステーキ屋「ザ カウボーイハウス」で。
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◎店内にはウエスタンミュージックが流れ、カウボーイスタイルの店員さんが元気いっぱい歩き回っている。全員口ひげをたくわえている。
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◎ホットドレッシングをかけたほうれん草サラダ。
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◎ムール貝のスープ。ミルクのスープはさらっとしている。
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◎アメリカ牛のロースステーキは150g1600円。娘と私は150g、夫は200gにしたが店の人は「厚みがあった方が旨味が出るので300g、400gをお勧めします」と言う。案外ぺろりといけるのかも知れない。
味噌だれ、醤油だれなどをつけて食べる。
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◎駐車場にいる白馬(もちろん模型)が、「またのお越しを」と見送ってくれる。
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by pataponm | 2011-01-03 15:27 | 軽井沢  

実家での正月

元旦に家族全員で実家へ行く。実家には島根から兄夫婦、就職して東京にいる兄の長女と美大生の次女が来ていて総勢9人。

◎父は1月6日に90歳になる。卒寿の祝いとおせちで大賑わいの食卓となった。
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◎兄一家が来ているときは、兄嫁のSさんの心づくしの料理が並び、私たちはお客様になってしまう。
お屠蘇用のさかずきは、母が結婚するときに実家から持って来たもの。忠臣蔵の各段を描いた図柄になっている全11段だから11個そろっていたそうだ。持って来たのが65年前だから、100年近い歴史をもつ骨董品かも。絵柄は手描き。「そろいで全部持って来るんだった」というのが母の口癖だった。
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◎デザートはSさんの焼いたバナナシフォンケーキと、うちで買って行った「干支ロール」、来られなかった兄の長男夫婦から届いた神戸フランツの「魔法の壺プリン」。
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◎お茶を飲んで語らっていると、毎年正月恒例のお囃子の門つけが来た。玄関も開けない家もあるが、父はいつもポチ袋にご祝儀を用意している。踊っている獅子の口にご祝儀を入れると踊るのをやめて隣の家に行ってしまうので、「すぐあげないでね」と言っておいて、たっぷり踊ってもらい、写真を撮った。
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◎父は腰が悪いので、マロンはふだん庭を走り回るだけ、たまの散歩には狂喜する。
息子に連れ出してもらい、喜びの悲鳴をあげながら「狂喜の炎」と化して門へ向って走るマロン。
息子は、「Rちゃんにやってもらおうと思って来るのを待っていた」と言われ、屋根にたまった枯れ草掃除や蛍光灯の取り替えの手伝いをした。
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◎90歳のお祝いにダウンベストをプレゼント。部屋着にもなる。
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by pataponm | 2011-01-02 14:23 | 近場のおでかけ・旅行  

2011年 あけましておめでとうございます

2011年 明けましておめでとうございます。
暮の12月26日から29日まで、娘と二人で北京へ旅行に行って来ました。
いつも遅れ気味のブログ更新ですが、12月には北京旅行の他にも軽井沢のクリスマスなどまだ書ききれないことが残っています。
新年になったのにクリスマスの話題も変ですが、正月気分が抜けたらぼちぼち去年の話題に立ち返ろうかと思っています。

いつもブログを見て下さる方々、ありがとうございます。
本年もよろしくお願いします。

◎北京郊外の頤和園(いわえん)で見た朝日。
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by pataponm | 2011-01-01 14:43