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言葉にまつわる恥ずかしい思い出

小学校4年生くらいだったろうか、お隣に届け物を持って行かされたことがある。
「父の写生旅行のお土産です」と言って渡しなさいと言われた。道々口の中で何度か練習して行ったのだが、いざ渡すときになったら、
「ちちなしゃしぇいろこうのおみやげです」になってしまった。ほとんど意味不明である。その後の記憶はないが何度も言い直した覚えもないので、きっとおばさんはそのまま受け取ったのだろう。お隣のおじさんは大工の棟梁で、いつも若い衆がたむろしている家だった。そのときも若い大工さんが畳の部屋に2、3人寝転がったりしていて、私がしどろもどろになるのを半分笑ったような顔で見ていたのだけははっきりと覚えている。
それにしても、10歳の子供にこの込み入った口上は酷だと思う。ためしに「父の写生旅行」と3度繰り返して言ってみてほしい。

小学校5、6年のときに近所の学習塾に通っていた。5年生最後の日に塾に行ったら先生が
「今日で5年生もおしまいね」と言ったので「はい。修了証書をもらいました」と答えるつもりが
「領収書をもらいました」と言ってしまった。
先生は、体をくの字にまげて顔を真赤にして笑った。私はその塾をやめたくなった。

中学生のころ、友達の家に遊びに行くと家の人はほとんど顔を出すことはなかった。友達の部屋で話しているとドアの外から「OOちゃん、おやつ」と言う声がして廊下にお盆が置いてある・・・、帰ろうとすると台所の方から「また来てねー」などと声がする・・・、そんな感じだったので、家の人と改まった挨拶をしたことなどはなかった。
ところがYという友人のお母さんはとても丁寧な人で、子供の友達も大人のような扱いをする人だった。玄関まで出迎えて正座して「いらっしゃい」などと挨拶されるので私はものすごくアガってしまった。
帰り仕度をしていると「もうお帰りですか」と出て来られたので、「おじゃまします」と「おいとまします」と「おじゃましました」が頭の中でぐちゃぐちゃに混乱して「はい、そろそろおじゃまします」と言ってしまい、言ったとたんに間違ったと気づいてますますアガってしまった。
それからお母さんが玄関先で見送りながら「何のおかまいもできませんで」とおっしゃるので「どうもごちそうさまでした」を10回くらい繰り返しておじぎしながら玄関のドアを閉めた。閉めたとたん、お茶と森永のマリービスケット数枚しか出されなかったことを思い出し、あてつけを言ったと思われたのではないかと、何日かの間気に病んでしまった。

高校の体育祭のとき、水飲み場で手を洗っていたら、ちょっと気になっていた先輩が近づいて来て「このハンカチ、使っていい?」と私のハンカチを指さして聞いた。私は内心うろたえながら平静を装って「いいですよ」と答えようとしたが、それではお高くとまった感じがしないかしらと思い直して「どうぞ」と言おうと思い・・・
「どうですよ」と言ってしまった。
先輩がどんな顔をしたか、恥ずかしすぎて顔をそむけていたので見ていない。

◎11月14日の西の空。恥ずかしい思い出って、ときどき池の底から浮かび上がる小さな泡のようにぽこっ、ぽこっと浮かんで来る。10歳のときの「お隣」のおじさんもおばさんも、とうに亡くなっているのに・・・。
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by pataponm | 2009-11-21 16:34 | 言葉  

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