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京都へ ~甥の結婚式 1~

甥の結婚式に列席するため、私、娘、息子の3人で京都へ行った。
せっかくの機会だから前日は観光を楽しもうと、気合を入れて21日早朝5時半に起き、8時の東京発新幹線に乗り10時半に京都に着く。

◎「わぁ、京都タワーだ」京都駅に降り立って早速カメラを手にしたら、娘が「今どき京都タワー見て、わぁ、なんて言う人は中高年だけだよね」と冷やかに言った。
中学校の修学旅行で見た青白く光る細身の美しい京都タワーの印象は、初めて東京を遠く離れた感慨と共に強く残っているのだ。
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紅葉シーズン真っただ中の11月、しかも3連休の中日とあって1ケ月も前に宿の手配をしたのに京都市内には見つからず、新大阪から地下鉄で2駅というところのホテルを予約してあった。でもまあ、駅のコインロッカーに荷物を預けて観光すればいい・・・、と軽く考えていたのがとんでもなかった。
通路に見渡す限り並んでいる何百というコインロッカーはすべて使用中、観光案内所で手荷物預かり所を聞き、来た道を戻って行ったら長蛇の列、しかもその最後尾に「ここで締切」の札を持つ係員が。
ロッカー探しに無駄な時間を費やした揚句、仕方なしに旅行用スーツケースにバッグ、明日の披露宴で演奏するバイオリン、息子はスーツの衣装袋を手にしたまま、バスに乗った。バスターミナルも人でごった返していて係員がハンドマイクで整理していた。

大学で彫刻を勉強している息子の希望で三十三間堂へ。無料のロッカーがあり、荷物を預けることができてほっとした。
中央の巨像(中尊)を中心に左右に各500体、計1001体の観音像は、中学校の修学旅行で見学したものの中で最も強く印象に残っている。「この中に必ず1体、あなたと同じ顔をした観音さまがいらっしゃいます」とガイドさんが言っていたが、私は内心「みんな同じ顔だ」と思った。
しかし今回もう一度見ると、一体一体本当に顔が違った。現代的な顔もあれば古風な顔もある。男に見えるものがあれば女に見えるものもある。けれどやはりどの顔も下ぶくれの「観音顔」で、自分と同じ顔は見つからなかった。
千手観音を守るようにところどころに置かれている雷神風神、様々な仏像たちもよかった。中でも驚いたのは、信心深い老婆や市井の物売りだか旅人だかを形どった像だった。仏像たちが型にはまった作り方だったのに比べてそれらの像は指の先まで写実的でかぶっている布の質感や苦悩の表情など、モダンの彫刻にも通じるものだった。
何故当時、一般の人々をモデルにした彫刻というものがなかったのだろう。「像」は常に宗教と密着していて、拝むものであり、そこらの下賤の人々を像にしようなどということは考えてもみなかったのだろうか。「芸術」という概念が存在しなかったのかもしれない。仏像を刻む人は僧であり職人であり、芸術家ではなかったのだ。

◎三十三間堂の外観。1164年に平清盛によって造られたがその後焼失し、1266年に再建された。それから700年以上の間保存されている。観音像を見て回りながら、建物に使われている木材の歴史を思い、ときどき柱をなでてみた。
外から見るとこんなに長い建物だったのかと思う。120メートルあるそうだ。
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◎三十三間堂の脇にあった「夜泣泉」。清水が湧きだす音がすすり泣きに聞こえたことからついた名だそうだが、いつしか地蔵が置かれ子供の夜泣きにきくと人々が参るようになったという。今も湧いている泉なのだろうか。
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昼食は、京都駅に戻って駅ビルの蕎麦屋で食べた。ガイドブックに紹介されているのは京料理ランチ5000円というものばかり、探して歩くよりは・・・、と簡単に済ませた。
それから奈良線に乗り、興福寺や奈良の博物館に行きたいという息子はそのまま奈良へ、私と娘は宇治で降りた。
奈良線の駅名は京都を出ると東福寺、稲荷、桃山、六地蔵、宇治と続く。みやびな駅名だ。お寺に詣でて稲荷寿司を食べて桃山(という名のお菓子がある)を食べて最後は宇治茶、という古都観光の物語まで浮かんできそうで楽しくなってくる。

私と娘は平等院へ行く。なんとここはロッカーがなかった。しかも拝観ルートには砂利が敷き詰めてあるため、スーツケースを転がすわけにいかず、持ち上げて歩かねばならなかった。披露宴のための衣装やくつも入っているので重い。

◎横から見た鳳凰堂。600円の入場料を払って入ったのに、ここでも300円かかるというので、まずは正面からの外観を見ることにする。
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◎正面から見た鳳凰堂。「あー、10円玉だぁ」と娘。5円、50円、100円の図柄は変わった記憶があるが、10円玉の鳳凰堂の図柄は何十年もずっと変わっていないのではないかと思う。
平等院は1052年、藤原頼通によって建立された。京都の社寺は、700年、1000年というスケールだ。埼玉のそこらへんの社寺とは迫力が違う。
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宝物殿にあたる鳳翔館を見学する。梵鐘、鳳凰堂の屋根にあった鳳凰(これは10円玉よりぐっと上ランクの1万円札に使われている)、雲中供養菩薩など国宝が数多く収められている。
すると、外の鐘撞き堂にあった梵鐘や、屋根の上の鳳凰はレプリカなの?
雲中供養菩薩は、雲に乗って舞を舞ったりさまざまな楽器を奏でている52体の仏像群。本当に空を舞っているかのように壁にディスプレイされていて幻想的だった。楽器は雅楽で使われているようなものから琴のようなもの、いろいろな打楽器等、平安の時代にこんなに多様な楽器があったのかと興味深い。
残念なのは、展示室の照明があまりにも暗かったことだ。懐中電灯が欲しくなるくらい。光が保存のためにそんなに害になるのだろうか。
三十三間堂も暗かった。それなのに祈念のために参拝者が供えたろうそくが何百も灯っていて、これのすすの方が問題なのではないかと思った。

◎鳳翔館を出たところの庭。鳥の巣か、寄生植物か、面白い形の枝ぶりの木があった。
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本尊阿弥陀如来坐像は、鳳凰堂の中にあるということが分かって、やはり300円払って見ようと戻ったら時間切れ。残念でした。
近くに源氏物語ミュージアムがあったが、駅と反対方向へ徒歩10分、そこから駅へ戻れば20分、両手の大荷物を考えると気力が湧かず、諦めた。
「源氏物語の宇治十帖って、あんまり好きじゃないんだ」と娘が言う。登場人物がみなうじうじしているからだそうだ。紫の上も明石の君も毅然としているのに、宇治十帖に出てくる浮舟はなよなよっとして運命にもてあそばれているだけだとか。うじうじって言葉、宇治十帖から来たのかしら?

◎宇治川に建つ「紫式部像」。ちょっと少女漫画的雰囲気・・・。
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◎宇治川の流れは速かった。この川に浮舟は身を投げたのだ。
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◎京都の橋の欄干は、みなこの形なのだろうか。牛若丸が出て来そう。
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宇治駅まで、土産物店が並ぶ細い道が続く。古風な建物の有名な茶店があったが外まで人があふれていたので入らなかった。
そのまま新大阪から地下鉄2駅の八坂のホテルまで行き、別行動だった息子と落ち合う。夕食は町に出て、サラリーマンが行きそうな定食屋と居酒屋の中間のような店に入って食べた。でも和風の定食は胃にもたれなくていい。
大荷物をひきずりながら不案内な京都観光、効率的とはいえないし疲れたが、楽しかった。
明日は結婚式だ。

by pataponm | 2009-11-24 12:48 | 近場のおでかけ・旅行  

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