黒人奴隷語

以前、現実のおじいさんは話さない架空の「おじいさん語」について書いた。
今回は、英語から日本語に翻訳された本の中にしか存在しない「黒人奴隷語」について書いてみたい。

子供のころ、私は外国文学を子供向けに書き直した少年少女世界名作全集のようなものを片っ端から読んでいた。その中に黒人奴隷が出てくるアメリカの物語もあったが、彼らは翻訳された日本語の中で特有の「なまり」を持つ言葉を話した。
「おねげえでごぜえますだ」「あんまりでごぜえますだ」のたぐいだ。どちらかといえば日本の東北寄りのなまりのようでもあるが、実際にはどこにもない言葉・・・。

私は図書館に行って、黒人奴隷が出てくる代表的な物語、「アンクルトムの小屋」を借りた。
子供の本の部屋の開架にはなかったので司書に聞いたら、地下の書庫から2冊出して来てくれた。同じ出版社から昭和40年代に出版されたものと平成になってから出たものだ。

あった、あった。古い出版年の「アンクルトムの小屋」には黒人奴隷語が満載。私の記憶にあった通りの言語でトムはなまりまくっている。
語尾には「~しましただ」「~ごぜえますだ」と「だ」がつくことが多い。
ふつうの「田舎言葉」に比べて「黒人奴隷語」がやっかいなのは、教育のない貧しい暮らしの者が話す粗野な言葉・・・というだけでなく、農場の旦那様に対しては敬語を話さなければならない、という点だろうか。
そのために「おぼえていなさるまいけどだんなさま」「じょうさま、ブルーのためにおいのりしてやりましょうなあ」などの不思議な言い回しになる。。中でも奇妙なのは「~しましねえだ」という、否定形に使われる言葉だ。「しねえだ」では旦那様に失礼、かといって「しません」では奴隷らしくない・・・? ということなのか、おそらくこの言い方は「日本語に訳された黒人奴隷語」の中にしか存在しないのではないかと思う。当時の翻訳家が頭をひねって創作した言語なのではないか。

奴隷だけではなく、この翻訳本には、他の登場人物にそれぞれ「らしい」言語が割り振られていた。
旦那様は「~なのかね」「~したまえ」などの横柄な物言い。奥様は「~ですわ」「トプシーや。お待ちなさい」などの貴婦人語。腹黒い商人は「~でさぁ」「このわっしが~ってわけさね」「へっへっ、まったくだァね」といかにも悪いことしそうな話し方。

私が子供のころに読んだ本には、そんな「判押し(判で押したような)」表現がたくさんあった。翻訳家の師匠と弟子の間で「こういう立場の者はこういう話し方で訳す」という決まりごとのようなものが伝承されていたのだろうか。

ところが、平成版の「アンクルトムの小屋」を見たら、あらゆる登場人物から「なまり」が消えていた。旦那様も奥様も奴隷のトムも、みな同じように「~そうなのです」「~しました」などと話している。まるで台本棒読みの下手な芝居を見ているようで、これはこれでなぁ・・・という感じ。

この本が開架でなく地下の書庫に資料として眠っていたことや、すべての登場人物の会話文が標準語化したことは、人権問題に配慮した側面もあるのかも知れない。
それについての是非はともかく、「~しましねえだ」という文法的にもおかしな言葉が消えたのはいいことかも知れない。

原作の中で、トムはどんな英語を話しているのだろう。
黒人だけが話す「黒人なまり」というものは存在するのだろうか。
英語の本を読んでいても、会話文の中に ’ で省略された言葉や2語がくっついて出来たらしいスラングのような言葉などを見ることはあるが、黒人特有の言葉やイントネーションがあるのかまでは分からない。

◎西の空(8.3撮影)
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by pataponm | 2010-09-04 11:02 | 言葉  

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